第339話

(いつかのテレビで見た高校球児の約束の場所―――か―――)


 清香はその陸雄の遠くを見るような横顔にドキッとする。


「―――清香」


 陸雄が顔を向ける。

 ふいに清香が反射的に陸雄を見つめる。

 頬が少しだけ赤くなっていた。


「ど、どうしたの?」


「俺が甲子園を目指して勝っていく中で、負けていった高校のこと考えるんだ。―――自分自身に問いかけて、答えが自分の中でそう出たように思っちまったな」


 清香が一息ついて、答える。


「―――陸雄。本当に変わったね。入学式から全然大人っぽくなった」


「まだ清香と同じ一年生さ。ダービーは競走馬にとっては一回しか無いらしいけど、俺たちの夏の甲子園に行くチャンスは今年を含めて二回だけだしな」


 イルカのショーの開演の列に、二人は並ぶ。


「あのさ、清香。甲子園で俺の高校の試合あったらテレビで見てくれないか?」


「―――う、うん。絶対に行くんだよね?」


「約4040校の中で2校選ばれる東京エリアを除いて、都道府県のトップしか行けない夢の舞台だから―――挑戦してみたいんだ。そこに野球をする本当の俺の姿があると思う。答えはそこにあると思う」


「私―――絶対に見るよ。そこに野球をしてきた陸雄がいるんだよね。その日だけは他のことも含めて忘れないよ」


 ショーの入り口に入っていく。


「今日だけ―――練習休むから、まずは気分転換にイルカのショーを見ようぜ」


「うん♪」


 清香が笑顔で答える。

 二人はそれぞれ隣同士で椅子に座り、開演を待つ。



 夏の風吹く青空の下―――。

 同じく海と水槽の青の色彩が大半を占める兵庫県のアクアワールド。

 色とりどりの夏の服装の人々が水族館コーナーやレストラン―――海に面した休憩所に集まる。

 同じように私服で来た陸雄達はイルカのショーを最初に見にいった。

 イルカが大きなフラフープの輪を水槽から飛び越えて、潜り抜ける。


「わあ! すごーい! 陸雄。今の見たよね? あんな高さからイルカさん飛んだよ!」


 清香が大喜びする。

 飛び終えたイルカが水の上に深く潜る。

 海の生物が人の手によって訓練したサーカスがそこにあった。


「最初に選んで正解だったな。開演時刻がこの時間しか無いから前の席取れて良かったな」


 陸雄がそう言って、拍手を送る。

 同じく円形の会場内から拍手が起こる。

 中にはスタンディングオベーションする外国人もいた。

 大きなイルカと小さいイルカがショーを終えて、白いゲートを開けて元の大きな海に面した水槽に戻っていく。


「イルカのキューちゃんとコルトちゃんのショーは本日をもって、終わりです。他にも色々あるアクアワールドを楽しんでくださいね」


 司会のお姉さんがそう言って、ショー用の巨大な水槽から―――イルカをダイバーによって別の水槽に戻していく。

 観客たちも会場を出ていく。


「陸雄。次ペンギンさんのいる水族館行こうよ!」


 清香がテンション高めで目をキラキラさせる。


「まだ出入口混んでるし、あと十分ほど席で待とうぜ」


 陸雄がそう言って、座り込む。


「レストラン二種類あるんだよね。外の海を見渡せるカフェっぽい場所と室内の魚が泳ぐレストランどっちに行く?」


 清香が座りながら、ウキウキと話す。


「その前にここで渡したいもんがあるんだよ」


「えっ? 何?」


 陸雄が真伊已の自作アクセサリーを渡す。


「わぁ! 凄い綺麗。これってオーダーメイドでしょ? 陸雄が作ったの?」


「あ、いや、つぶらな瞳の真伊已って奴から頼み込んで作ってもらった」


 陸雄が少しだけ嘘をついた。


(許せ、真伊已。清香のプレゼント代が足りねーんだよ)


 陸雄がちょっとだけ複雑な表情をする。


「大事にするね♪」


 清香が白い歯を見せて、悪戯娘っぽい笑顔を見せる。


「お、おう。頼むわ」


(真伊已。清香すげー喜んでるし、俺に渡すつもりがナイスアシスト。自作アクセサリーは効果抜群だ。甲子園行くから、渡したのはそれで帳消しにしとけよー)


 陸雄が微笑して、立ち上がる。

 

「そろそろ出入口が開いてきたぜ。ペンギンの散歩見に行こうぜ」


「うん♪ 今日はこれだけでも良い思い出になったよ」


 清香も立ち上がり、カバンにアクセサリーを入れる。



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