第317話

 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「大森高校―――三番―――セカンド―――九衛君―――」


 左打席に九衛が立つ。

 中野監督のサインを見て、ヘルメットに指を当てる。


(好きに打て―――ただし長打を警戒されるから中間位置にフェアにしろ、ね―――)


 九衛が構える。

 真伊已が構える。

 捕手がサインを送る。

 真伊已が投球モーションに入る。

 リリース直後にボールが大きく落ちる。

 内角のやや下にボールが飛んでいく。


(ほう、初球パームボールか―――)


 そのまま打者手前で横回転が加わり、左に落ちていく。

 九衛が見送る。

 捕手のミットにボールが収まる。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに108キロの球速が表示される。


(これが金髪がサイン出してた例の新しいパームボールか―――やはり錦先輩の言っていた通りだな。薄々俺様も気付いたが……)


 捕手が返球する。

 真伊已がキャッチする。

 捕手が予定していたサインを出す。

 真伊已が頷く。

 九衛が構える。


(まぁ、二球続けてアレがないにしても―――タイプが違うなら来るだろうな。幸いなのは二種類のスライダータイプを使い分けられないようだが―――)


 真伊已がセットポジションで投げ込む。

 リリース直後に高めのボールが大きく落ちる。

 二球連続でのパームボールだった。

 ボールが揺れながら外角真ん中に飛んでいく。


「俺様は―――」


 九衛がスイングする。

 打者手前でまたボールが揺れながら―――落ちていく。


「パームボールの―――見分けがつくんだよぉ!」


 九衛のバットの芯にボールが当たる。

 カキンッという金属音と共にボールが飛ぶ。


「くっ! 俺のパームボールの見分けがつけられている!」


 紫崎が二塁に―――ハインが三塁に走る。

 バットを捨てた九衛が一塁に走っていく。

 左中間にボールが飛んで、レフトとセンターの中間にボールが落ちた。

 外野手が一瞬―――お見合い仕掛けたが、レフトがボールを拾う。

 そしてサードに送球する。

 ハインが余裕を持って、三塁を踏み終える。

 サードにボールが渡る。


「―――セーフ!」


 塁審が宣言する。

 それを聞く前に―――サードがファーストに送球する。

 九衛は一塁を蹴り終えていた。

 ファーストのグローブにボールが入る。


「―――セーフ!」


 別の塁審が宣言する。

 スタンドから歓声が上がる。


(俺のパームボールは九衛に攻略されている。ハインにも通用しないくなってきている―――。ということは錦にも通じない?)


 真伊已がファーストからボールを受け取る。

 ボールを握る手に力を入れる。


「上位打線は強い。だからこそ―――パームボールに頼らないようにしよう。追加点は1点だけくれてやる」


 真伊已が誰に聞こえることなく、マウンドでそう呟いた。


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