第316話

 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「大森高校―――二番―――ショート―――紫崎君―――」


 紫崎が右打席に立つ。


「フッ、真伊已のパームボールにバリエーションがあるとはな」


 紫崎は中野監督のサインを見て、そう呟く。

 その言葉に捕手がピクリと体を揺らす。


(こいつら―――もう真伊已の横回転スライダータイプのパームボールとさらに深く曲がるカーブに近いスライダータイプも気付いているのか? いきなり投げさせても肘が厳しいだろうし、決め球にして―――リード変えるぞ)


 捕手がサインを送る。

 そのリードに真伊已は黙り込む。

 紫崎が構える。

 肘を心配してのリードだった。

 捕手が再びサインを送る。

 真伊已は渋々頷く。

 そして投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 外角高めにボールが飛んでいく。


「フッ、俺を見くびるなよ―――」


 紫崎がスイングする。

 バットの軸にボールが当たる。


「くっ! このイニングからストレートが通じなくなっている?」


 真伊已の言葉はバットの金属音と共にかき消される。

 ライト方向に打球が飛んでいく。

 ライトが前に走っていく。

 ハインが二塁に走る。

 紫崎がバットを捨てて、一塁に走る。

 ファーストとライトの中間の位置にボールがバウンドする。


「ライト! ひとつだ!」


 捕手が声を上げる。

 センターがボールを捕ろうとしたら、バウンドボールのイレギュラーで捕り損ねる。


「センター、なにやってんの! ライトのフォローに入れ!」


 センターが駆けつける。

 ハインが二塁を蹴り上げる―――。

 紫崎も一塁を踏み終える。

 二人はそこでピタリと止まる。


「点のリードがあるから安全策ですか―――」


 真伊已がそう言って、俯く。

 センターが捕球して、セカンドに送球する。


「―――セーフ!」


 当然のように塁審が宣言する。

 ランナーが一、二塁になる。


(パームボールで次の九衛を攻略すれば、錦は敬遠。―――それで満塁になるが岸田を抑えて無失点でこのイニングは終わる―――。まだ抑えられる)


 真伊已がそう考え、捕手にサインを送る。


(真伊已―――わかったよ。けど、三球だけにしておけよ)


 捕手が頷く。

 セカンドからボールを真伊已が受け取る。



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