第314話

 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「大森高校―――九番、ライト―――駒島君―――」


 駒島が左打席に立つ。

 中野監督がサインを送ろうにも―――どうせ駒島は見もしないので、ベンチに座る。

 捕手がサインを送らない。

 

「このワシの打席に多くの少年球児が夢を抱くのだ―――まだ見ぬ強敵たちに―――届かぬからそ挑むのだ! 来るがいい!」


 駒島は大声を出して、構える。

 ベンチのメンバーがその言葉に失笑する。


「どこであんなセリフ言えるようになるんですかね?」


 ベンチの星川が呆れ顔で見る。


「ゲームとかアニメじゃねぇか? 実力がまるで伴ってないセリフだけど」


 灰田がそう答える。


「―――ストライク!」


 ベンチから球審の声が聞こえる。

 スコアボードに103キロの球速が表示される。


「あーあ、舐められっぱなしだな」


 陸雄が脱力する。

 二球目も真伊已が真っ直ぐストレートを投げていく。

 駒島が目でボールを追えずに見逃す。


「―――ストライク!」


 ネクストバッターサークルのハインが無言で立ち上がる。

 真伊已の三球目のストレートが捕手のミットに入る。


「―――ストライク! バッターアウト!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに101キロの球速が表示される。

 この打席の三球とも100キロ台のスローボールだった。


「んっ? 風が止みましたね―――」


 駒島が打席から出ていく間―――真伊已がそう呟いた。


「良いタイミングだ。上位打線にパームボールも含めて、抑えに行きますかね―――」


 真伊已がボールを受け取り、リラックスする。

 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「大森高校―――。一番―――キャッチャー、ハイン君―――」


 ハインが右打席に立つ。

 中野監督がサインを送る。

 ハインがヘルメットに指を当てる。

 その間に捕手がサインを送る。

 ハインと真伊已がそれぞれ構える。

 真伊已が投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 リリース直後に縦に大きくボールが落ちる。

 パームボールだった。

 ボールが上下する中で―――ハインは視線を麻痺させられる。

 ハインがそれでもスイングする。


「これはっ―――!」


 ハインがスイング中にハッとする。

 打者手前でボールが横回転が加わっていたのか、左に揺れながら落ちる。

 捕手のミットにボールが収まる。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに113キロの球速が表示される。

 ハインがスイングし終えて、考え込む。


(マイノミはただのスライダータイプのパームボールに……新たな深く曲がる―――カーブに近い曲がり方。もう一つのスライダータイプのパームボールが投げれるのか!?)


 ハインがバットを高く上げる。

 大森高校のベンチメンバーが、そのサインに気付く。


「データにない新しい球種があるって、ハイン君が伝えてますね」


 古川がスコアブックを書き終えて、中野監督に話す。


「見たところスライダータイプのパームボールを投げていたようだったか―――何かあるのか?」


 中野監督がそう答える。

 ベンチの錦が立ちあがる。


「―――パームボールを三種類持っている。落ち具合がカーブですが深く曲がるものと小さく曲がるスライダータイプが二種類ある」


 錦の言葉にメンバーがハッとする。


「ちょっと慣れ始めた段階で、まだ他にもパームボールがあるのかよ!?」


 灰田が驚きのあまり、冷や汗を流す。

 九衛が笑う。


「がっはっはっ! 流石っすね! そこまで解ってましたか! いやー、兵庫には色んな投手がいるなぁ! 是非とも俺様にも投げてほしい―――実に打ちがいがあるぜぇ!」


「九衛。笑ってる場合かよ? 打席に入る前に対策練っておかねーとやべーぞ」


 陸雄が慌てる。


「チェリーよ。一流の打者ってのはなぁ―――投げてから振ることを考えるよりも、無意識にスイングへの行動が先に出るもんなんなんだよ。クッソ生意気な金髪は体がもう覚えかけてる」


「い、一球で解るものなの?」


 坂崎が不安げに九衛に話す。


「坂崎。錦先輩はベンチで気付いてるだろ?」


「あっ―――!」


 九衛の言葉に坂崎がハッとする。

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