第313話

 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「淳爛高等学校―――六番―――」


 六番打者が打席に立つ。

 ネクストバッターサークルの真伊已がマウンドの陸雄を見る。


(このイニングで、打席が俺に回ればまた点が入る―――現段階での岸田陸雄を攻略できる)

 

 相手校の監督がサインを送る。

 六番打者が頷いて、打席で構える。

 ハインがサインを送る。

 陸雄が中野監督の言葉を思い出す。


(そうだ―――野球が好きだから―――俺は本当に好きになるために投げていくんだ!)


 陸雄が力強く頷く。

 そしてセットポジションで投げ込む。

 指先からボールが離れる。

 真ん中高めにボールが飛んでいく。

 六番打者がスイングする。

 バットの軸上にボールが当たる。

 ピッチャーライナーでボールが飛ぶ。


「あっぶねぇ!」


 陸雄が本能的にグローブを前に出す。

 ボールが陸雄の膝上に飛んで、グローブに捕球される。


「―――アウト! チェンジ!」


 審判が宣言する。

 陸雄が安堵して、ボールをマウンドに置く。


「なぁんだ。俺はまだまだ野球を本当に好きになってねぇな。んじゃあ、こっからも投げ続けるかぁ!」


 陸雄がベンチに向かって行く。

 ハイン達もベンチに向かう。

 ここに六回表が終わる。

 11対13―――大森高校の優勢。

 ネクストバッターサークルの真伊已が立ち上がる。


「とっさの判断とは言え、ピッチャーライナーを見事に捕球したか……乾丈が注目するという部分はまだ保留の段階ですね」


 そう言って、ベンチに戻っていく。



 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「六回裏―――大森高校の攻撃です。八番―――サード―――坂崎君―――」


 右打席に坂崎が立つ。

 ベンチの灰田が座り込む。


「ったく、守備の時にすげー走り回ったぜ」


 陸雄が灰田に紙コップに入った水を渡す。


「悪いな、灰田。―――それと錦先輩もお疲れ様です」


 陸雄がそう言って、錦に一礼する。


「陸雄君。謝らなくていいから、今の試合全体を見てほしい」


 錦はそれだけ言って、グランドを見続ける。

 灰田は陸雄から貰った水をすぐに飲み干す。

 九衛が紫崎に話す。


「坂崎には悪いが―――ツーアウトで俺様達に打線が回るな」


「フッ、坂崎が打てれば儲けものだな」


 二人のやり取りに星川が会話に参加する。


「紫崎君に九衛君―――このイニングで僕はアウトになんかなりませんよ」


「フッ、解っている。風は止み始めているが、パームボールはまだ使ってこないだろう」


 陸雄も会話に参加する。


「風が止めば俺も他の変化球使えるし、互角になるぜ」


「チェリー。その前に打席で真伊已打ち取れ。そんなんだからチェリーなんだよ」


「なんだと! この野郎!」


「リクオ。試合を見よう。投手の癖や守備の範囲を観察するんだ」


 陸雄が起りかかる前に―――ハインが制して、メンバーがグラウンドを見る。

 中野監督がサインを送る。

 坂崎が頷いて、構える。

 捕手がサインを送る。

 真伊已が頷いて、セットポジションで投げ込む。

 指先からボールが離れる。

 真ん中高めにボールが飛んでいく。

 

「こ、これなら打てる!」


 坂崎がスイングする。

 バットの上部にボールが当たる。

 カコンッという金属音と共にボールが打ち上げられる。


「あ、ああっ……う、打ち上げちゃった」


 ファーストが落下するボールを追って、白線を抜ける。

 そのままフライを処理する。

 ファールゾーンにボールが飛んでも野手がキャッチすれば―――アウト扱いになる。

 ファーストのグローブにボールが捕球される。


「―――アウト!」


 審判が宣言する。

 坂崎がベンチに戻っていく。


(球数をここまで来て大めに投げたくはない―――あの八番には一球で処理させて正解でしたね)


 真伊已が表情を変えずに―――ファーストからボールを受け取る。


「風が―――止んだ……」


 ベンチの錦がぼそりとそう言う。

 それはマウンドの真伊已にも気づいていた。



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