第297話


「四回の裏―――大森高校の攻撃です―――七番―――センター、灰田君―――」


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。

 灰田が右打席に入る。


(さってと、中野のサインは―――パームボールは来ないからカーブを警戒しろ? 根拠あんのかよ? まぁ、信じるしかないか)


 灰田がサインを見終わり、ヘルメットに指を当てる。

 真伊已がボールを握って、構える。


(俺のこのイニングの仕事は一番までに回させないこと―――灰田さんには警戒しておきますかね―――)


 真伊已が二回頷いて、捕手に合図を送る。

 捕手が頷いて、サインを送り返す。

 灰田が構える。

 真伊已がセットポジションで投げ込む。

 指先からボールが離れる。

 外角高めにボールが飛ぶ。


(―――ストレート? ここか!?)


 灰田がスイングする。

 バットにボールが当たる。

 カキンッという金属音と共にボールが内野フライに飛ぶ。


「―――あっ! やっべ!」


 灰田が声を漏らす。


(これはこれは―――予想の斜め上の展開ですね。捕らせていただきます)


 ピッチャーフライで真伊已がグローブを構える。


「朋也様めっ!」


 ベンチの中野監督が困り顔で灰田を見る。

 真伊已のグローブにボールが入る。


「―――アウト!」


 球審が宣言する。


「くっそ~! ハインまで回そうと思った矢先にバットが変なとこに当たっちまった。絶対罰則でまたグラウンド走らされる」


 灰田がベンチに戻っていく。

 ベンチの中野監督が右手で三本指を立てる。


「グラウンド三週かぁ……へこむわぁ……。―――でも、勝たなきゃ次は無いから、へこむこともできやしないぜ」


 灰田がガックシと肩を落とす。

 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「大森高校―――八番―――サード―――坂崎君―――」


 坂崎が右打席に立つ。


「は、ハイン君までに回さないと―――点が取れない。ぼ、僕が出塁しないと……」



 坂崎が中野監督のサインを見る。

 それを見た坂崎がヘルメットに指を当てる。

 真伊已が構える。

 捕手がサインを送る。

 坂崎が構えて、真伊已を見る。

 そのままセットポジションに入る。

 そして指先からボールが離れる。

 外角低めにボールが飛んでいく。

 坂崎がスイングする。


「!? ―――と、届かない!」


 坂崎が声を漏らす。

 バットがボールを空振りする。

 ボールはバットの上の位置に飛んでいった。

 捕手のミットにボールが収まる。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに118キロの球速が表示される。

 捕手が返球する。


(この打者には一度変化球を打たれている。だが、指を痛めたくはない)


 真伊已が捕手からボールを受け取る。

 捕手も真伊已の気持ちが解ったのか、すぐにサインを出す。

 真伊已が頷く。

 坂崎が構え直す。

 真伊已がセットポジションで投げ込む。


(球速を緩急込めて―――)


 指先からボールが離れる。

 内角低めにボールが飛んでいく。


「は、早い―――す、スイングしようにも窮屈になる」


 坂崎がバットを動かさない。

 捕手のミットにボールが収まる。

 ボール球ギリギリのコースだった。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに126キロの球速が表示される。

 捕手が返球する。


(コースを変えながら、抑えていければ―――攻略できる)


 真伊已がボールを受け取り、そう確信する。

 捕手が一息つく。


(全くリードは捕手の俺の仕事なのにピッチャーが配球まで組み立てられて、調子もコントロールできんるじゃ仕事が減るなぁ)


 捕手がサインを送る。


(―――まぁ、真伊已が気づかないコースをリードするのも俺の仕事だけどな)


 真伊已が捕手の考えに頷く。


(そこは意外でした。良いリードで助かりますよ)


 真伊已がボールを握って、構える。

 坂崎が構える。

 セットポジションで投げ込む。

 指先からボールが離れる。

 外角高めにボールが飛んでいく。


「こ、今度こそ―――!」


 坂崎がスイングする。

 バットの軸上にボールが当たる。

 だが―――打ち上げてしまう。

 捕手が立ち上がり、フライを取る体制に入る。

 坂崎がバッターボックスから動かずに球を見上げる。

 捕手が落ちてくるボールを捕球した。


「―――バッターアウト!」


 球審が宣言する。


(き、綺麗なフライ処理だった。ハイン君に回せなかった……)


 坂崎がベンチに戻っていく。


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