第298話

 ネクストバッターサークルの駒島がバットを肩に背負う。


「あとはワシに任せておけ。坂崎、お前は良くやった」


 駒島がバットを高く上げて、空を見る。


「…………」


 坂崎は黙ってベンチに移動する。


「青空の太陽もさわやかなワシを見ているようだな。選手テーマが欲しいところだがな」


 駒島が打席に移動する。

 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「大森高校―――九番―――ライト―――駒島君―――」


 駒島が左打席に立つ。


「わしはスイッチヒッターだ! 右がダメなら左で打てる。来い!」


 駒島が大声を出す。

 捕手がサインを出さない。

 バッテリーとしてお互いに通じていた。


『三球ストレート真ん中で抑えよう』


 そうお互いが思い―――真伊已が構える。

 セットポジションで投げ込む。

 指先からボールが離れる。

 真ん中に真っ直ぐにボールが飛んでいく。


(ワシにはこれが誘い球だと解る―――)


 捕手のミットにボールが収まる。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに106キロの球速が表示される。

 捕手が返球する。

 真伊已がキャッチする。

 駒島が構える。

 そして誰に言うわけでもなく、語り始める。


「真の一流打者とは―――バットを振らない―――!」


 真伊已がセットポジションで投げ込む。

 指先からボールが離れる。

 同じコースに真っ直ぐボールが飛んでいく。


「次はシェイクだな―――野球神がワシにそう言っている―――」


 捕手のミットにボールが収まる。


「―――ストライク!」


 大森高校のベンチが守備準備を既に始めている。

 星川が紫崎に話す。


「三者凡退ですね」


「フッ、高校野球じゃよくある光景だ」


「紫崎。あんな長野のキモデブの見逃しストレート祭りがよくある光景かぁ?」


 グローブを着けた灰田が苦笑する。


「フッ、人それぞれで良いんじゃないか? まぁ、高校野球は兄貴の試合見てたから、解るんだ」


 紫崎の言葉に陸雄が食いつく。


「へぇ~、昔に紫崎から話だけ聞いてたけど、その兄貴も相変わらず今も野球やってるんだな。今どこの高校か度聞かせろよ」


「それは…………」


 紫崎が言う前に真伊已がセットポジションで投げ込む。

 指先からボールが離れていく。

 駒島がボケッとして、見逃す。

 捕手のミットにボールが収まる。


「―――ストライク! バッターアウト! チェンジ!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに112キロの球速が表示される。

 灰田が紫崎たちに声をかける。


「おい、喋んのは帰りで良いから、守備に付こうぜ。やっぱアレじゃだめだ。長野県に返してやれ―――」


 駒島がブツブツ言いながら、ベンチにゆっくり戻っていく。


「左じゃダメだったか―――まぁ、ワシが本気を出すのは、もっと大きな舞台だな」




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