第288話


「大森高校―――二番―――ショート、紫崎君―――」


 紫崎が右打席に立つ。

 九衛も話を止めて、ネクストバッターサークルに移動する。

 相手の捕手が立ち上がる。


(こいつは一番の奴同様にかなり飛ばす。定位置から深いところに移動して守れ)


 捕手の両手を横に広げるジェスチャーに―――外野手達が定位置から離れていく。

 内野のサードとファーストも塁から離れる。

 それを見た中野監督がサインを送る。

 紫崎はフッと笑って、ヘルメットに指を当てる。


(俺の打つ軌道のコースに対応してきたか―――だが真伊已は俺を抑える気はあるようだがな)


 紫崎がハインを見た後に構える。

 ハインが少しリードを取る。

 捕手がサインを送る。

 真伊已が頷いて、投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 外角高めにボールが飛んでいく。

 紫崎がバントの構えに変える。


「―――何っ! だが、当たりはしない!」


 真伊已が声を漏らす。

 打者手前でボールが右に曲がりながら落ちていく。

 紫崎がバットを動かして―――当たる範囲まで伸ばす。

 バットが落ちるボールに届く。

 カコンッというと音で当たる。

 リードを取っていたハインが二塁に走る。

 ボールはサード方向に転がる。

 ファールの白線に転がっていく。

 離れていたサードが急いでボールを追いかける。

 真伊已がボールを追いかけない。


(ファール線に切れればストライク―――三塁に行くハインさんも送球でアウトになる)


 紫崎がバットを捨てて、一塁に向かう。

 ボールは白線の内側でピタリと止まる。


「くっ! セーフティーですか! サード俺に中継してください!」


 真伊已が声を上げて、ボールの方向に走っていく。

 紫崎が一塁を蹴り上げる。

 相手のサードがボールを拾う。

 そのまま真伊已にボールを中継する。

 受け取った真伊已が―――三塁をカバーしに行ったショートに送球する。

 ボールをグローブで捕球したショートが三塁に行く途中のハインにタッチを試みる。

 その瞬間―――ショートの視線からハインが消えた。


「―――どこに?」


 消えたのではなく―――ショートの足元に低くスライディングしていた。


「しまっ―――!」


 ハインがそのまま三塁を踏む。

 塁を踏んでカバーする内野手が居ないため、ショートは一塁に送球する。

 ファーストのグローブに捕球される。

 だが―――紫崎はその間に一塁に着いていた。


「―――セーフ!」


 塁審が宣言する。


「フッ、俺にバントをさせたのはこの守備位置変更の隙をついたのか―――。流石は中野監督だな」


 紫崎が一塁を踏んで、腰に手を当てる。

 ハインが三塁から立ち上がる。


「ワンアウト、ランナーが一、三塁―――不味い状況ですね」


 不安げに呟いた真伊已がマウンドに戻っていく。


「そして次の打者は―――」


 マウンドに戻り、ファーストから送球されたボールを捕る。


「―――彼ですか」


 真伊已がネクストバッターサークルから打席に移動する

 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「大森高校―――三番―――セカンド、九衛君―――」


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