第287話
「あるいはハイン相手のみ―――投げてくるかもしれないな」
ウグイス嬢のアナウンスが流れる。
「大森高校の攻撃、一番―――キャッチャー、ハイン君―――」
ハインが右打席に立つ。
真伊已が捕手にサインを送る。
(温存するとは言いましたけど、錦さんには監督命令で敬遠になる。ハインさんには勝負がしたいです)
真伊已がそのサインを伝えて、構える。
(―――わかったぜ。確かにこいつは使わないと厳しいしな。それにもう一つのパームボールをここで使いたくないしな)
捕手がサインを送る。
ハインがバットを構える。
真伊已が頷いて、セットポジションで投げ込む。
リリース直後から―――ボールが縦に大きく落ち始めた。
(パームボールで来たか―――高めに投げ出されるような錯覚で視線を上下にさせるが―――)
ボールが揺れながら内角真ん中に飛んでいく。
ハインがバットをスイングする。
(勢いがないのが―――パームボールの欠点だ)
バットの芯よりやや上にボールが当たる。
「―――!? また初球打ち!」
真伊已が驚きのあまり声を上げる。
カキンッという金属音と共に―――ボールがショート方向に揺れながら飛んでいく。
ハインがバットを捨てて、走っていく。
低く飛ぶボールを―――ショートが横に飛んでグローブを前に出す。
だが、ボール二個分届かない。
「―――くっ! レフト! 捕りに行け!」
捕手が声を上げる。
ハインが一塁を蹴る。
ファーストが声を上げる。
「ふたつにしろ! ツーベースにさせるな!」
レフトが地面に落ちたボールを捕りに行く。
この瞬間フェアになる。
ハインが一、二塁間の中間の位置を越える。
レフトがグローブでボールをすくい上げる。
既に持って、テークバックする時には―――。
ハインが二塁を踏み終えていた。
「くっそ!」
レフトがそのまま送球する。
塁を踏んだセカンドが捕球する。
「―――セーフ!」
ベンチの中野監督がニッと笑う。
「なるほど。―――パームボールで次の高めのボールの感覚を麻痺させる前に―――敢えて遅いパームボールを縦に落ちるからタイミングを合わせて低く打ったか」
「ハイン君の中で風も止んでいる状況で、投げるパームボールは―――さらに落ちる位置も読めていたってことですか?」
古川がスコアブックを書きながら、中野監督に話す。
中野監督が答える。
「ああ。麻痺させると私は言ったが、パームボールは風や天候に影響されやすい。風が止みかけていれば正直、目が慣れれば長打になりやすい」
「錦君の風が止めば流れは変わる―――とはこのことも含まれていたんですね?」
「そういうことだ。プロ野球選手によってはパームボールを覚えるより、チェンジアップの方がマシという意見もある。あまり投げると肘を痛めるからな」
星川もその話題に参加する。
「でも無回転に近いナックルボールみたいに揺れますし、真伊已君のパームボールは色んな種類のパームボールがある気がします」
錦が一言だけ話す。
「真伊已君は―――横回転が加わってスライダー気味に変化するパームボールもおそらく持っている」
錦のその言葉にメンバーが振り向く。
それを聞いた九衛が楽し気に話す。
「先輩―――流石っすね。やっぱりもう一球隠し持ってたってこと―――気づいていたんすね?」
灰田が割って会話に入る。
「けど、風や天候に影響されんだろ? 俺とはじめんのナックルボール同様に限られた条件しか使えない上に―――ついでに投げすぎると肘も炒めるかもしれないんだろう? もう一つのパームボールを投げてくるかね?」
「朋也様。一巡回って、変えてくると思うぞ」
「中野、そりゃまたなんでだべ?」
中野監督の言葉に灰田が妙な九州鉛りで聞く。
「―――私が捕手なら攻略されたと思って、変えてくるからだ」
元捕手の監督としてのリードの心理を使った答えだった。
そんな中で―――ウグイス嬢のアナウンスが流れる。
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