第289話


「さーて、いけすかねぇ三塁の金髪を俺様が返してやっかね」


 九衛が左打席に立つ。

 真伊已が呼吸を整える。

 ベンチの中野監督がサインを送る。


(紫崎のセーフティバントで守備を戻していくはずだ。スクイズを警戒するためにやや前進守備にするだろう。九衛―――これで頼むぞ)


 九衛がヘルメットに指を当てる。

 捕手が立ち上がり、手を左右に大きく振る。

 野手達が守備の位置を変えていく。

 中野監督の言うように外野は定位置―――内野はやや前進守備だった。

 

(俺様の考えとしては、この状況―――実戦慣れしてても点をやりたくないが故に、慎重になる)


 捕手が座り込む。

 九衛が構える。


(金髪が本塁を踏めば同点になる―――さぞビビってるだろうよ)


 捕手がサインを送る。

 真伊已が頷いて、セットポジションで投げ込む。

 九衛がタイミングを合わせる。


(だが、中野監督のサインのように―――)


 指先からボールが離れる。


(―――初球は)


 外角低めにボールが飛んでくる。

 バットの軸にボールが当たる。


(早い球を振ってくる―――!)


 カキンッという金属音と共にボールがセンター方向に高く飛んでいく。


「また初球打ち! どうなっているんですか?」


 真伊已が驚いて、高く飛ぶボールを目で追う。

 三塁のハインが走る。

 バットを捨てた九衛と一塁の紫崎がそれぞれ次の塁に走る。

 センターがジャンピングキャッチを行う。

 しかしボールはグローブの二個分上を通過する。

 そのままセンターの背後にボールが落ちる。

 芝生にボールが落ちて、フェアになる。

 センター方向に真っ直ぐと軌道を描いて、落ちたので―――。

 レフトとライトが捕りに行けない。

 ハインがホームベースを踏む。

 大森高校のベンチが盛り上がる。


「よっしゃ! 同点だ! ナイスハイン!」


 陸雄と灰田が声を上げる。

 松渡と星川も喜ぶ。

 センターがボールを拾い、送球する。

 紫崎が二塁を踏んで動かない。

 九衛が余裕を持って、一塁を踏み終える。

 ボールが塁を踏んだセカンドに捕球される。


「―――セーフ!」


 塁審が宣言する。

 スタンドから声援が大きく響く。

 10対10―――ゲームが振り出しに戻る。

 セカンドが真伊已に送球する。

 一塁ベースに九衛が戻っていく。


「がっはっはっ! 紫崎のバントが効いてからの焦りの配球は読めていたぜ!」


 九衛が両手を腰に当てて、高笑いする。


「フッ、こういう状況の投手ってのは逆に冷静になるもんだ。次の打者は錦先輩―――三振は厳しいだろうな」


 二塁の紫崎が腕を軽く回す。

 ボールを持った真伊已が汗を引く。


「大森高校―――四番―――レフト―――錦君―――」


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。

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