第278話
ファーストが真伊已に送球する。
真伊已は悔し気にボールをキャッチする。
(過ぎたことを悔やみたくはないですが、パームボールのあるなしで状況は大きく変わったかもしれませんね―――)
真伊已は立ち上がる陸雄を見ながら、グローブからボールを取り出す。
(六番の次は下位打線。だが、パームボールの多用はこの場面で出来ない―――後半まで温存しなければ相手の目が慣れてしまう)
ウグイス嬢のアナウンスが流れる。
「大森高校―――六番―――ファースト―――星川君―――」
左打席に星川が立つ。
真伊已は考え込む。
(正直下位打線からは変化球を使わなくても良い。あの七番打者のカーブ打ちは偶然だ。テクニックじゃないはずです―――)
中野監督がサインを送る。
(ストレートが来たら、初球でも振れですね。了解です! ここで僕が打てば陸雄君は最低でも二塁に行ける。次の灰田君のセーフティバントがあれば、ワンアウトで坂崎君に回って―――スクイズで同点になる。ここで試合を戻しますよ!)
星川がヘルメットに指を当てる。
中野監督は星川と同じことを考えていたらしく、坂崎にスクイズの話をした。
坂崎が頷く頃に―――捕手がサインを送る。
真伊已は頷いて、セットポジションに入る。
指先からボールが離れる。
外角低めにボールが飛んでいく。
(遅い―――ストレート?)
星川がバットをスイングする。
僅かにバットが下だった為か先端の上部にボールが当たる。
コンッという音と主にボールがファーストより前の白線の外側に飛んでいく。
ストレートが打ち損でファールになる。
(このイニングでこれ以上点を与えるわけにはいきませんよ。ファールでもストライクにはなる)
球審からボールを貰った捕手が真伊已に送球する。
(そして粘っているわけではなく、追い込まれていることに気付いていない―――そう思わせる)
真伊已がキャッチして、陸雄をチラリとみる。
(真伊已の奴、視線で牽制してるなぁ。オーラが出てるわ。中野監督にスチールの指示は出ていないし―――星川君、頼むぞ)
一塁の陸雄が少しずつリードを取る。
中野監督の練習からライナーバックは鉄則になっているので、帰塁するための距離も取っていく。
―――ライナーバック。
ノーアウトもしくは今のワンナウトの状況ででランナーが居る場合において、打球がフライ、ライナーの場合ランナーに帰塁義務が生じる。
打った打球がライナーの場合は、出塁せずに塁に戻る。
そういう指示の時に注意を託すことをライナーバックと呼ばれている。
仮に星川がショートライナーに打った場合―――。
陸雄がライナーバックせずに二塁に行き、ショートが二塁を踏んでアウトにする。
そういうケースではまず打者の星川がライナーでアウトになる。
そして二塁に向かった時点で陸雄に一、二塁の野手に囲まれる。
どちらかがボールをもってタッチするか、野手二人とも塁を踏んでいればアウトになる。
そうなるとツーアウト。
このイニングは終わる。
しかしライナーバックしていれば打者の星川のみアウトになり、ツーアウトで終わる。
ライナーバックは中野監督の野球の中で鉄則となっていた。
(まぁ、星川君は実戦で成長していってるから―――打てるかな)
陸雄が期待を込めて、打席を見る。
星川がバットを短めに持つ。
(古川マネージャーの投球練習でカーブとパームボールのシミュレーションはやってきた。僕には前の打席より自信がある)
捕手がサインを送る。
真伊已が頷き、セットポジションに入る。
(僕の直感とハイン君と中野監督の配球理論から―――おそらく次は内角で来る―――)
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