第276話
真伊已がキャッチする。
(俺のパームボールは多種多様な変化がある。ナックルとは違うんですよ―――錦さん)
真伊已が構える。
錦が独り言を終えて、構える。
捕手がサインを送る。
真伊已が頷き、セットポジションに入る。
そしてボールを包み込むように握る。
(二球目も―――)
指先からボールが離れる。
(―――高めで味わってくださいよ!)
真伊已が投げ終えて、錦を見る。
錦の目はまるでボールの縫い目まで見ているような視線だった。
「ニシキ先輩は視えているんだな」
ベンチのハインが呟く。
メンバーがその言葉に疑問を持つと同時に金属音が鳴る。
錦がパームボールをバットの芯で捉えた音である。
「―――そんな! 外角高めのパームボールを!」
真伊已が声を漏らす。
ボールはレフト方向に飛んでいく。
紫崎と九衛が走る。
「パームボールはタイミングを合わせられると長打になりやすい。ニシキ先輩は選球眼もあり、視力も並じゃない」
ハインの言葉と共にスタンドの先にボールが入る。
―――場外ホームラン。
レフトが唖然とする。
「フッ、少し走るの遅めにするか―――」
紫崎がそう言って、三塁を蹴る。
続いて九衛も三塁を蹴る。
紫崎がホームベースを踏み―――7点目。
九衛が続いて踏んで8点目。
「……つ、強すぎる……!」
真伊已が倒れ込みそうになるのを軸足で何とか立つ。
その間に錦が次々と塁を踏んでいく。
ベンチのハインは言葉を続ける。
「二球目から振ったのも肘の負担を考えて、一球目よりもパームボールの勢いを弱くするためだったのだろう」
錦がホームベースを踏む。
ハインが最後に言葉を添える。
「配球を読んで打つオレの理論すら越えた恐ろしい野生も秘めている―――味方で良かった」
錦がベンチに戻るころには9点目が入っていた。
中野監督がニヤリとする。
「次から真伊已はパームボールを温存していくだろう。下位打者には投げてこないな」
中野監督はそう言って―――打席に立つ陸雄にサインを送る。
陸雄がネクストバッターサークル越しにヘルメットに指を当てる。
「強力な球種ではあるが―――過去に禁止されたドロップボールのように肘などを痛めやすい。多くは投げてこない」
ベンチに九衛たちが帰ってくる。
「おっす! ただいま。紫崎―――水用意しろ」
「フッ、晩飯じゃなくて―――か?」
星川と灰田が二人の意外な漫才に少しだけ笑う。
そんな中で―――錦はゆっくりとベンチに座る。
古川が錦をチラリと見て、笑顔を見せる。
「錦君―――パームボールの種類は一つだけじゃないでしょ?」
錦はヘルメットを脱いで、座ったまま頭を下げた。
「練習用に投げていたパームボール以外にいくつかあったよ」
錦がそう言った時に―――ウグイス嬢のアナウンスが流れる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます