第264話

 灰田がキャッチして、黙りこくる。


(灰田―――下位打線だ。ここでしっかり抑えればひと段落だ。今が一番集中して、緊張しているだろうし―――言葉はかけられないが頑張れよ)


 セカンドの陸雄が灰田を見守る。


「淳爛高等学校―――八番―――」


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。

 八番打者が打席に立つ。

 ハインがサインを送る。

 灰田が無心で頷く。

 打者が構えると、そのまま投球モーションに入る。

 そして指先からボールが離れる。

 外角高めにボールが真っ直ぐ飛んでいく。

 相手の打者がタイミングを合わせて、スイングする。

 バットがボール二個分下に空振る。

 そのままハインのミットに収まる。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。


(トモヤ。この打者に遊び玉は要らない―――次の打者は九番だ。まずここで抑えに行くぞ)


 ハインが返球する。

 灰田がキャッチする。

 スコアボードに118キロの球速が表示される。

 灰田が黙りこくり、次のサインだけを待っていた。

 セカンドの陸雄が心配そうに見る。


(灰田の球速が安定してない気がするんだけど―――意識してやってんのか? それとも無意識に力が入ったりしてんのか? どっちにしろ―――)


 ハインがサインを送る。

 灰田が頷く。

 灰田が投球モーションに入った時―――。


(今の灰田はどこか危うい気がする―――同じ投手だからなんとなく解るけど―――言葉で表現出来ねぇ……)


 陸雄がそう思う一方で―――灰田の指先からボールが離れる。

 内角低めにボールが真っ直ぐ飛んでいく。

 相手の打者がスイングする。

 バットの細い部分に当たる。


「くそっ! バットを長く持ちすぎた!」


 八番打者がそう言った時には―――ボールは円を描くようにゆっくりと浮かんだ。

 ピッチャーの灰田がフライを捕る体制に入る。

 灰田のグローブにボールが収まる。


「―――アウト!」


 球審が宣言する。


「フッ、灰田―――あと一つだ。落ち着いていけ」


 紫崎が声をかけるも灰田は少し冷や汗が流れていた。


(どうやらここにきて、投手としての重圧に耐えているようだな。ここで焦れば負けるぞ―――)


 紫崎が腕を組んで、そう思う。


「淳爛高等学校―――九番―――」


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。

 相手の九番打者が打席に立つ。


(トモヤ。ツーアウトでランナーが一、二塁の状況だが―――初球から振ってくる可能性が高い。―――難しいコースに投げるぞ)


 ハインがサインを出す。

 頷いた灰田の指に力が入る。

 そのまま投球モーションに入る。

 

(ぜってぇに抑えてやる―――!)


 灰田の思いと共に指先からボールが離れる。

 外角真ん中に真っ直ぐボールが飛んでいく。


(―――! これは!)


 ふと感づいた相手の打者が見送る。

 ボールはホームベースから離れたコースに飛ぶ。

 ハインがミットを素早く動かし、捕球する。


「―――ボール!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに129キロの球速が表示される。


「あれ? なんで? なんでだ?」


 灰田が汗を流しながら、自問自答する。

 ハインが返球する。



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