第265話

 灰田がしっかりと受け取る。


(ワンボールでノーストライク―――不利な状況になった。次でトモヤに入れさせないと不味いな―――)


 ハインがサインを送る。

 灰田が頷く。

 すぐさま投球モーションに入る。


(打たれてもライナーでアウトになれ!)


 灰田の指先からボールが離れる。

 ハインがハッとする。


(トモヤ。中央の下に投げるコースだ。上じゃない!)


 ハインがミットを動かして、中央高めのボールを捕球する。

 相手の打者は手を出さなかった。


「―――ボール!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに131キロの球速が表示される。


(灰田君の球速がすごい上がってるけど―――コントロールが追い付いていない感じですね)


 ファーストの星川がその異常さに気付く。

 一塁ランナーの真伊已が表情を変えずに灰田を見る。


(なるほど……焦りというよりも無意識に力が入っていて、乱れが出ている。一時的にだが、こちらにとっては嬉しい誤算ですね)


 真伊已が二塁ランナーに視線を送り、サインを送る。

 二塁ランナーが頷いて、リードを少しとる。


「どうしちまったんだ俺は……アウト一つでこの回は終わりなのに―――」


 灰田がぼやいている間に、ハインが返球する。

 灰田が受け取り、構える。


(いや、とにかく抑えないと不味い―――ハイン。サイン頼む)


(ツーボールでノーストライク。完全にこっちが不利だ。相手は振ってくれtるとはいえ、ここに来たら様子を見るだろう。自滅は避けたい)


 ハインがサインを送る。

 灰田が投球モーションに入る。

 その時―――。

 二塁ランナーが走りだす。

 その背後の気配に灰田が気を取られ―――指先からすぐにボールが離れる。


「しまった! 失投しちまった! ハイン頼む!」


 灰田が声を出すも、ボールは打者の手前でバウンドする。


「―――ボール!」


 球審が宣言する。

 そしてそのままハインが二塁に送球する。

 二塁ランナーはスライディングで元の塁に戻る。

 セカンドの陸雄が塁を踏んで、捕球する。


「―――セーフ!」


 塁審が宣言する。


(これでスリーボール。ランナーで脅かして―――投手を揺さぶっておいて、正解でしたね。精神的に脆くなって、制球力が乱れている)


 静かに笑んだ一塁の真伊已が腰に手を当てる。


(まだ点が取れる―――この回で大森高校を敗れますね)


 真伊已の思惑の中で―――陸雄が灰田に送球する。


「灰田。ランナーは気にすんな。ツーアウトだから、アウトにすりゃこのイニングは終わりなんだ!」


 セカンドの陸雄が声をかける。

 灰田が捕球して、息を整える。


「フッ、ランナー埋めても構わんぞ。 その時はフォースアウトにしてやる」


 ショートの紫崎も声を出す。

 灰田がぎこちなく頷く。


(落ち着け。落ち着くんだ。ここで抑えないとランナー満塁で上位打線になっちまう)


 灰田がハインを見る。


(トモヤ。次は確実に相手は一球待つ。なんでもいいからストライクに入れることだけを考えろ。それも打たれないコースに―――)


 ハインがサインを送る。



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