第244話
ベンチの陸雄が喜ぶ。
「やったぜ! 流石ハインっ! 打ってくれると信じていたぜ! しかも初球打ちだぜ?」
「チェリー。打席練習で散々金髪が打ってただろ? このくらいで騒ぐなよ」
九衞がそう言って、ネクストバッターサークルに移動する。
「九衞君。紫崎君が万が一、パームボールでアウトになっても出塁してくださいね」
星川の言葉にベンチを出た九衞は無言で背中を見せて―――サムズアップする。
「星川―――強面野郎なら出塁どころか点を取って来るぜ」
灰田がそう言って、ベンチに座ったまま―――坂崎のマッサージを受ける。
「灰田君。九衞君も信頼はしてるんですよ。けど、古川さんの変化球練習でパームボール対策はしてきましたけど―――練習量が他と違って少なかったので不安ですよ」
「それでも打つさ。あいつはしっかり仕事してくるからな。坂崎、もう良いから真伊已の投球よく見ておけ」
灰田がマッサージを中断させる。
「う、うん―――。わ、わかったよ」
坂崎がベンチ越しにマウンドを見る。
相手のエースの姿を忘れずに観続ける―――。
「大森高校―――二番―――ショート。紫崎君―――」
ウグイス嬢のアナウンスが流れる。
右打席に紫崎が立つ。
張元から既にボールを捕球していた真伊已は構える。
(まだ一回裏だ。可能性は低いが念のために紫崎に一番の仕事を代わりにしてもらうか―――)
中野監督がそう考え、サインを送る。
「フッ、なるほどな」
サインを見た紫崎がヘルメットに指を当てる。
紫崎が構えると捕手がサインを送る。
真伊已がセットポジションで投げ込む。
指先からボールが離れる。
外角の中央にボールが飛んでいく。
紫崎が見送る。
打者手前でボールが右に曲がりながら落ちていく。
ミットにボールが収まる。
「―――ストライク!」
球審が宣言する。
スコアボードに103キロの球速が表示される。
(今のが真伊已のスローカーブか―――。思ったよりも遅い。制球力も申し分ないな。それなら―――)
中野監督が紫崎に次のサインを送る。
捕手が返球している間に紫崎がベンチ越しのサインを見る。
「フッ、次は確実にそれが来る、か―――」
サインを見終わった紫崎が小声で呟く。
そしてヘルメットに指を当てる。
真伊已が補球して、構える。
捕手がサインを送る。
真伊已が頷く。
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