第245話

 後ろにいる二塁のハインがリードを僅かに取っていく。

 セットポジションで投げる。

 指先からボールが真っ直ぐ飛んでいく。


(やはり緩急を取って来たか―――監督の―――)


 紫崎がタイミングを取って―――スイングする。

 打者手前でボールが変化せずに―――内角高めにボールが飛んでいく。

 紫崎がバットの軸でボールを捉える。


(指示通りのストレート―――だ!)


 紫崎が力を込めてボールを引っ張る。

 カキンッと言う金属音と共にボールが一、二塁間を越えていく。


「っ! ―――俺の速球を詠んでいた?」


 真伊已が言葉を漏らす。

 紫崎がバットを捨てて、走る。

 ハインも三塁に向かって、やや遅めに走る。

 張元が遅めの三塁行きのハインと―――早めに走る一塁行きの紫崎を交互に見る。


(くっそっ! どっちがアウトになるか判断に困る小技使いやがって―――! 愛しのハインきゅんめっ!)


 ライトのやや左手前でバウンドしたボールを外野手が捕球する。

 やや遅めのハインはまだ三塁に着いていない。


「ライト! 惑わされるな―――ひとつでいけ!」


 張元が声を上げると同時に僅かに迷ったライトが送球する。

 紫崎が一塁を蹴り上げ、その後にボールがファーストのグローブに収まる。


「―――セーフ!」


 塁審が宣言する。

 ハインも三塁を余裕を持って踏む。

 ランナーが一、三塁となる。

 

「ランナーにサインを出してないが、ハインの奴―――中々機転の利く戦法を使ったな。罰則練習は今後は無しにしてやろう」


 中野監督が腰に手を当てて、グラウンド全体を見る。

 ファーストが真伊已に送球する。

 真伊已が捕球して、一息つく。

 ネクストバッターサークルから、打席へ九衞がゆっくり移動していく。


「さて、小技使ういけすかねぇ金髪を返してやっか。錦先輩は良いとして―――不調のチェリーじゃ、信頼できないしな」


「大森高校――三番―――センター。九衞君―――」


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。

 左打席に九衞が立つ。


(九衞。まだパームボールは無いが、この打席で仕掛けてくるかもしれん―――)


 中野監督がサインを送る。

 九衞がヘルメットに指を当てずに、肩でバットを軽く叩く。


「何っ―――?」


 それは反対のサインだった。

 九衞は相手がパームボールを投げてこないっと、中野監督にサインで伝えている。

 そして打席で構える。

 真伊已が一、三塁を目で警戒して、リードを抑える。

 捕手がサインを送る。

 真伊已が一度首を振る。

 しばらくして、捕手が別のサインを送った。

 頷いた真伊已がセットポジションで投げる。

 指先からボールが離れる。

 内角低めにボールが飛んでいく。

 九衞がタイミングを合わせる。

 打者手前でボールが右に曲がりながら落ちていく。

 バットにかすりもせずに空振りする。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに120キロの球速が表示される。


(今のが真伊已のカーブか……一度振って正解だな―――次は恐らく―――)


 九衞が構え直す。



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