第243話

 金属バットをギュと握って、マウンドの真伊已を見る。


「フッ、中野監督。ハインも俺もしっかり出塁しますよ。九衞と錦先輩が返してくれます」


 そう言って、紫崎がネクストバッターサークルに移動する。

 中野監督は満足げに腕を組む。


(打つ前からもう点が入るっと錯覚している時点で―――私もまだまだだな)


「灰田~。お疲れ~。暑さで疲れたでしょ~? 水飲んでね~」


 ベンチの松渡が灰田に紙コップに入った水を渡す。


「おう、サンキュ! やっぱピッチャーって面白れぇけど―――野手とは違った大変さだな」


 灰田がそう言って、ゴクゴクっと水を飲む。


「灰田は後半守備に行くから、肘や手首に指のマッサージとか丁寧にするんだよ~」


「ぼ、僕が灰田君のマッサージしておくよ」


 坂崎がそう言って、灰田の手をマッサージする。


「あんがとな、坂崎。おっ、お前マッサージ上手いな。それに捕手として、良い気遣いだぜ」


 坂崎が灰田の腕をマッサージする間に―――試合が再開された。



「一回裏―――大森高校の攻撃です。一番―――キャッチャー、ハイン君」


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。

 右打席にハインが立つ。

 中野監督がサインを送る。


(パームボールは敢えて見逃せか―――了解)


 ハインがヘルメットに指を当てる。

 マウンドで真伊已がゆっくりと構える。


「―――プレイ!」


 審判が宣言する。

 ハインが構える。

 相手捕手がサインを送る。

 真伊已が頷いて、セットポジションで投球する。 

 指先からボールが離れる。

 外角低めにボールが飛んでいく。


(パームボールではないな―――)


 ハインがタイミングを合わせる。

 ボールが打者手前で右に曲がりながら落ちていく。

 ハインがスイングして、そのカーブをバットの芯近くに当てる。


(!? 初球から難しめの外角低めのカーブを振ってきた!)


 真伊已の驚きは金属音っと共に消えていく。

 ボールは左中間に飛んでいく。

 ハインがバットを捨てて、一塁に走る。

 ショートの張元が声を出す。


「レフト! センターのフォローに入れ! ひとつで抑えるぞ!」


 ボールはレフトとセンターの中間に落ちる。

 ボールがバウンドすると同時にハインが一塁を蹴る。


「何っ! まだ行くのか!?」


 張元が声を上げる。

 ハインがそのまま二塁に向かっているからだ。

 レフトがボールを捕る。


「ひとつじゃない! ふたつに投げろ!」


 張元がそう言って、二塁を踏んで―――グローブを構える。

 一瞬慌てたレフトがショートに送球する。

 ハインが二塁を踏むとほぼ同時に張元のグローブにボールが入る。

 僅かな間が生まれる―――。


「―――セーフ!」


 塁審が宣言する。

 ハインが余裕を持って、ツーベースヒットとなる。

 大森高校観客席に歓声が上がる。




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