第204話

 プリントを受け取る中で、鉄山先生が話す。


「俺は今日は時間を見て、メニューごとの終わりと始まりを告げたりするからね。水が欲しいときは言ってくれればベンチにある給水機で渡すから、準備体操終わったら各自メニューに従ってくれ」


 陸雄達が全員貰ったプリントを見る。

 分刻みで細かいメニューが書かれていた。


「坂崎は松渡とチェリーとチンピラ野郎の投球練習で捕手やるから、サブポジのサードと打席練習が遅めだな」


 九衞が坂崎のプリントを見て、答える。


「僕は今後の試合のサブポジも含めて、投球が終わったら走り込みと野手練習に打席練習がメインみたいだね~。坂崎には一番手で今日の投球練習相手だね~」


 松渡がプリントを見て、折りたたむ。


「は、灰田君のナックルボールの投球練習指導もあるから、十球投げたら即野手練習からだね。は、ハードなメニューだね」


 坂崎が防具を付けて、オドオドと話す。

 どうやら今日の練習はやさしめだと思っていたのだろう。


「シートノックのノック役は九衞と紫崎で交代でやるように、坂崎と灰田と岸田は投球が終わったら野手練習に参加する事。その後は個別メニューに従う。松渡も野手練習の後は走り込みね」


 鉄山先生が出来るだけ手短に要点だけを伝える。

 メンバーが内容を確認して、各自準備に入る。


「よし。じゃあ時間が惜しいから始めようか」


 鉄山先生が手を叩いて、メンバーを各自練習場所に行かせる。


(中野のやつしっかりきっついメニュー入れてんなぁ。本当に隙の無い監督だぜ)


 灰田がグローブとバットを持って、室内練習場に向かう。

 松渡と坂崎も室内練習場に向かう。

 他のメンバーは野手練習を始めた。



 陸雄達が練習を始めた頃―――。

 淳爛高等学校(じゅんらんこうとうがっこう)のやや離れた所にある駐車場に着く。

 インプレッサのドアを閉めて、鞄を持った三人がトイレに移動する。


「ハイン。ここを切り抜ければ―――後はバレずに済む。私も見張りに立つから慎重にな」


 中野監督は安心させるようにそう言って、古川に目を配る。

 頷いた古川が女子トイレに入り、人の有無を確認する。

 戻って来た古川が無表情で親指を立てる。


「よし! 今だ! 行け!」


 中野監督は駐車場付近に誰も居ないことを確認して、盗塁のサインの様にハインに合図する。


(神よ―――友の勝利のためとは言え、許してくれ)


 ハインがサッと女子トイレに入る。

 古川が手前のドアを開けて、ハインと一緒に個室トイレに入る。

 女子トイレの個室に男子と女子が二人きり―――。

 ドアを閉めた古川が鞄から道具を取り出す。


「それじゃあ! しっかりやるね。まず服を脱いでね」


「あ、ああ―――」


 ハインは古川の言われるがままに女子トイレで服を脱いでいった。

 そして女装の着替えとメイクアップが始まった。


(マイシスター……マザー、ファザー。……ソリー)


 ハインの中で何か大切なものが無くなった気がした。





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