第203話

「すまない―――今後は善処する。ここで着替えるか?」


「ううん、途中の駐車場のトイレで済ませようね」


 ハインが少しだけ驚きの顔を見せる

 それもそのはずだった。


「……女子トイレに入るのか?」


 古川は前々から言われていたのか、頷いて真顔で話す。


「中野監督と一緒に見張りも付けて、先に見て来てその後一緒に入るから大丈夫」


「……正気なのか?」


「―――絶対大丈夫だから、安心して、ねっ?」


 ハインは少し考えて、ぎこちなく頷く。

 顔に少し冷や汗が流れていた。


「わかった。妹には見せたくないな。失神しそうだしな」


「一応、帰るとき用の私服に着替えておいてね。足は夏だけどニーソックスで隠すから、肌と顔の化粧とちょっと眉毛書くからね。下着は男性のままで良いけど、ブラジャーはパッド付きで着替えるからね」


「むぅ―――レディというのは大変だな。すぐに私服に着替えてくる。車で待っていてくれ」


「ああ、最後に香水念入りに吹き付けて、ウイッグつけるからね。後アクセサリーとかも念のために着けたいんだけど、ブルームのピアスとか任意でつけるか中野監督と相談しようか?」


 古川のやけにノリの良さそうな声のトーンにハインは少し深刻に黙り込む。


「………出来るだけ普通の女子高生にしてくれ。派手過ぎるのはかえってよくない。俺の気持ち的にも配慮して欲しい」


 そう言って、私服に着替えるために階段を上っていった。

 車内では中野監督がクーラーを効かせながら、イチゴ味の飴を舐めていた。


(私が女子高生に変装すればハインを女装させることも無かったが、流石に二十代では無理があるか―――朋也様でもそういう事をしろと言われたら、ちょっと若返って嬉しいがな)


 そんなことを表情をあまり変えずに考えていると―――古川とハインがやってきた。

 私服のハインの姿はマリン系で爽やかさを出している。

 ボーダーTシャツとその上に白色の七分袖を羽織ったおしゃれな格好だった。

 その下にはスキニーパンツを履いていた。

 これからその姿が女子高生の制服に変わると思うと、中野監督は少しだけ不憫に思い―――僅かにそれを実行しざるえない判断をさせた自分への自責の念に駆られた。


「さて、こういうことをするのは最初で最後だが行くか―――三回戦の相手の偵察に―――」


 中野監督が気持ちを切り替えて、二人が乗った後にインプレッサのエンジンをかけた。



 朝練が始まる前のグラウンド。

 陸雄達はユニフォームに着替えて、準備体操をしていた。


「今日は監督いないからほぼ自主練かな?」


 体操を終えた陸雄が紫崎に話す。


「フッ、そうでもないみたいだぞ。見ろよ」


 紫崎の視線にメンバーが目をやると鉄山先生がやってきた。


「鉄山先生ってノックとか出来たのか?」


 灰田が星川に話す。


「野球未経験って言ってましたよ」


 星川が答えた頃に、鉄山先生はプリントを持ってメンバー前に立ち止まる。


「はい、これ。古川マネージャーと中野監督が事前に作った今日の個別練習メニューのプリントね」


 錦が無言でプリントを全員分受け取り、メンバーに配っていく。



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