第202話

 翌日の朝―――。

 鳥の鳴き声が聞こえ始めた人の少ない住宅街。

 二階建てのハインの親戚の家に一台の車が止まる。

 車の運転手は中野監督だった。

 隣に大きめのバッグを持った制服姿の古川が座っている。

 事前に早起きしたハインはパジャマのまま一階で歯磨きを終える。


(普段の朝練より早いとは思ったが……相手の高校はそろそろ朝練を始めている頃か―――)


 インターホンが鳴り、ハインの親戚の妹が出る。


「どちら様ですか?」


 透き通った凜っとした声で妹がモニター付きのインターホンで答える。


「ハイン君の野球部のマネージャーの古川です。ハイン君を玄関前に呼んでくれませんか?」


 玄関前にハインが星柄のパジャマでやって来る。


「野球部のマネージャーか? 監督か?」


 青と緑のオッドアイに金髪ツインテールの親戚の妹にハインは淡々と話す。


「そうみたいですわ。流石はお兄様ですわ。けれど、そのような無防備な格好では殿方としての品格が落ちますわ」


 肌が白いハーフの日本滞在が長い妹は流暢な日本語で話す。


「いや、平気だ。後はオレが対応するから、寝ていて構わない。今日はテニスの朝練は無いだろう?」


「わかりましたわ。せめてドアくらいは開けさせてください。開ける前にお兄様はあのような暗そうな方がお好きなのですか?」


「いや、ただの野球部マネージャーだ。ドアはオレが開けるから気にすることはない」


「本当ですの?」


「嘘は言わない。アメリカの姉と両親と親戚に嘘は言いたくもない」


「お兄様……わかりましたわ。あの―――ハインお兄様」


 妹がモジモジしながら、顔を赤らめる。


「なんだ? 熱でもあるのか、調子が悪いなら叔母さんを呼ぶぞ?」


「いいえ、そうではありませんわ。前々から言っておりますが―――私はハインお兄様のような人でなければ好きになれないわ。だから誰とも恋人にはならない……それだけは確かですから、年の近い女性を家に上げたことを怒ってはおりませんわ」


 ハインの親戚の妹は重度のブラコンだった。

 幼少の頃に二ホンで妹に優しくしており、野球も上手く―――アメリカでの学校の成績が良い事が原因だった。

 さらに肌の白い目立たない細マッチョな筋肉質の美少年である。

 妹がお風呂で着替えを渡す時に―――その体を見てしまったこともブラコン度を高めてしまう。

 その日の夜に妹は部屋で胸をドキドキしていた。

 妹の気持ちに気付きつつも―――すぐに飽きて普通の兄弟の関係に戻るとハインは勝手に思っており、忘れることにしていた。

 そんな妹の言葉はハインにとってはいつもの事だったので、深く言及せずに優しく話す。


「親戚の妹としての気持ちは十分解ったから、部屋でゆっくり眠ってくれ。親戚の兄としてのお願いだ」


 ハインは親戚と言う言葉を僅かに強調させる。


「わかりましたわ。ハインお兄様、私達は親戚とは言え、叔父や叔母の従弟ですものね―――お兄様のことを想いながら寝ますわ」


 そう言って、妹は階段を上がっていった。

 

(しまった。親戚同士でも結婚できる一例があったか―――まぁ、傷つけないように断って、妹として優しく対応しよう)


 そのままドアを開ける。

 古川がちょっとだけムッとしながら立っていた。


「朝からお腹一杯になりそうな美しい愛だね」


 どうやら丸聞こえだったようだ。


「私って、そんな暗いかな?」


 古川は表情にはあまり出さないが、声色からして―――ちょっと怒っている。


「そういう訳でもなく、俺よりクール……だと思う」


「ハイン君。女の子のジェラシーとか恨みは怖いから、言葉一つでも丁寧に対応してね」


 ハインが目を瞑り、申し訳なさそうに頷く。


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