第183話

 中学時代に卓球部に入ったのは、兄もやっていたからと言う憧れで続ていた。

 テーブルトークRPGを始めたのは、中学のオタクっぽい知人以上友人未満のクラスメートから薦められたからだった。 

 坂崎は流されやすい十五年間を送っていたのかもしれない。

 高校に入れば同じだろうっと思っていた。

 目立たず騒がず地味な日々。

 そうなると坂崎は思っていた。

 しかしマクドナルドで出会った二人がそれを変えてくれた。

 中学時代に僅かに話しかけてくれたどこか眩しい瞳をした陸雄。

 同じく高校から入った印象は怖いが話してみると人の良い灰田に声をかけられて―――。

 また流されるように坂崎は野球部に入った―――。

 あの日振ったダイスは自分を変えたかったから、振ったのかもしれない―――。


「ぼ、僕は無駄な青春をしているのかもしれない。で、でもそれを決めるのは大人でも親でもない。ぼ、僕だけなんだ」


 やや古めのノートパソコンからオンラインでメールが来ていた。

 開いてい見るとオンフレからのテーブルトークの誘いだった。

 いつもの軽快で軽薄な薄っぺらい会ったこともない人からのメールだった。


「ぼ、僕は変わりたい―――。じゅ、受験勉強以外にも高校生活で得られるものがあるはずなんだ―――!」


 坂崎は決意して、キーボードを手慣れた手つきで打ち終えて―――メールを送る。


『ごめん。大学に入るまで参加しない。二年間だけ野球をしているから、ゲームは出来ない。けれど大人になって時間が出来たら、きっとみんなに会いに行くよ』


 その文面を送って、セキュリティソフトを更新して―――パソコンを切った。

 坂崎は布団の近くに置かれているミットとグローブをジッと見る。


(ぼ、僕は大学を出て、働いたら一生親に摂取される人生かもしれない。け、けれど、今から野球部を辞めて陸雄君達まで裏切ったら―――何も残らない。そ、そんな後ろめたい自分と共に過ごしていく人生は嫌だ!)


 坂崎は夕食を食べ終わり、小さな台所に移動して―――食器類を洗う。


(な、何よりも―――あのサードをやった試合でのプレイが忘れられない。こ、国立大学に行っても野球部に入ろう)


 食器を洗い終えて、部屋に戻り―――勉強を始める。


(げ、現役で受かって、大学でも四年間だけ野球部を続ける。ぼ、僕に残された僅かな人生の贅沢はそれだけかもしれないけど―――大人になる前に人生の喜びを知りたい!)


 その日の夜。

 坂崎は熱を入れて、勉強に打ち込んだ―――。



 同時刻―――陸雄の家では清香と勉強会の真っ最中だった。


「じゃあ、ここの問題は解る?」


 清香の質問に陸雄がその問題集を解く。

 サッサっとノートに答えを書く。


「これをこうして、こう! どう? こーんな感じ……でしょ? 雰囲気的に?」


 陸雄が得意げな顔で清香を見る。

 解き終わった問題を清香が赤ペンで×マークを入れる。


「はい、間違い。雰囲気で解ける問題なんて、中学でも高校でもありません」


「あー、違ったかぁ。ま、まだまだこれからだって! ワンアウト! ワンアウト!」


「ここテストに出ると思うから念入りに復習しておくね。ちゃんと聞くんだよ?」


「おっす! お願いしまーす!」


 陸雄が清香から解説と復習をしっかり聞き終える。


「はいっ! じゃあ、ここまでね。これだけやったんだから明日の期末テストしっかりやるんだよ?」


 清香が教材を片付けていく。


「サンキュー! テスト終わったら空いた時間にケーキとシュークリーム奢るからさ」


「期待してるよー。あっ、そういえば陸雄。遅れたけど、三回戦進出おめでとう」


 清香が自分の事のように喜びながら陸雄に話す。

 陸雄が照れながら顔を指でかく。


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