第177話




 戸枝たちが談笑する中で、松渡はジェイクと一対一で話していた。


「結局ジェイクに全部打たれちゃったな~。強い選手だよ~」


 ジェイクは嬉しそうに笑顔を浮かべて、答える。


「オフコース! ジェイク ハ トッテモ ストロング ダヨ!」


 松渡は少し間を置いて、真剣な表情に変える。

 ジェイクが少し表情を和らげる。


「ねぇ、ジェイク…………オーストラリアって、どんなとこ~?」


 何気ない他愛のない質問―――だが、松渡が浮かべるのは離れた母の顔だった。

 質問の意図が掴めないジェイクは自分の故郷をハキハキと喋りながら答える。


「ジャパン ト チガッテ トッテモ ヒロイヨ! オーロラガキレイダヨ」


「そっか~……ジェイクはそんなところで住んでいるのか~……」


 松渡は行ったことのないオーストラリアを想像する。

 そしてそこに住んでいる母親のことを想い―――憂鬱になる。

 ジェイクが話題を変える。


「キミ ハ トッテモ ヤサシクテ タクマシイ」


「えっ? そ、そうかな~? 嘘でも嬉しいよ~」


「キョウノ シアイデ オモッタヨ。ジェイク ウソツカナイ オヤガキットヨロコンデルヨ」


 ジェイクの真っ直ぐな瞳に、松渡が吹っ切れたように優しい表情になる。


「ありがとう~。話せて嬉しかったよ~。じゃあ、僕は中野監督の所に戻るよ~」


「オッケー! グッバ~イ!」


 松渡とジェイクがそれぞれ自分の高校のバスに戻っていく。

 歩きながら松渡は青空を見上げる。


(お母さん、頑張る僕を海を越えて見ていてくれますか?)


 どこか誇らしげで寂しさの入り混じった表情で―――オーストラリアにも繋がる空を見る。



 松渡がバスに向かう前の僅かな時間の中―――。

 九衞が戸枝に二本の飲み物を渡す。


「こいつをジェイクに渡しといてくれ。俺様が渡したってことも伝えておいてほしい」


 九衞が鞄から出したペットボトルのジュースをそう言って、戸枝に渡した。


「君が渡せば良いんじゃないか? ジェイクなら向こうで松渡君と何か話しているようだけど?」


 戸枝がそう言いつつも、渡されたイチゴオレを二本持つ。


「わかってねぇなぁ。俺様が渡すよりチームメイトから渡した方が喜ぶだろ? 二本あっから一緒に飲んで次の大会に向けて気合い入れて来いよ」


 九衞は戸枝にジェイクとの話のきっかけを与えてくれたようだ。

 戸枝がそれに気づいて、やや嬉しそうな表情をする。

 九衞が腰に手を当てて、自信に満ちた顔で話す。


「あんたらのチームは負けたが、ジェイクは一人の選手として負けてないっと俺様は思うぜ。―――同情でも何でもなくな」


「―――中々味のある奴だな。覚えとくぜ、九衞錬司。じゃあのぅ!」


 戸枝がそう言って、背中を向ける。

 後ろから九衞が声をかける。


「あばよ。あん時のセーフティバント。最高にカッコ良かったぜ」


 戸枝が振り向いて、口元を緩めて微笑む。


「恥ずかしいから……や~めてくりゃあ~! でもさ、シリアス入るけど―――マジでありがとう。―――じゃあな」


 そう言い残し、背中を向けて去っていった。


 九衞達はその背中を見続てて、それぞれ嬉しそうに留まる。


「俺様達に負けたのに無理して元気そうにしやがって―――解りやすいのう」


「フッ、未来にまた当たるかもしれない敵に塩を送ったな」


「敵じゃねーよ。生まれや場所は違えど、同じ野球が好きな球友だ」


 紫崎と九衞がそう言って、お互いの肩をくっ付ける。


「なーんか、似合わねぇなぁ。今の強面野郎見て、そう思わねぇ?」


 灰田が星川に話す。


「何言ってるんですか! カッコいいじゃないですか! 流石は九衞君! 試合中に怒った僕とは違って、器が違いますよ!」


 灰田がややドライな対応で答える。


「ああ……星川ってこういうの弱いのな。君のそういう感情覚えとくよ」


 灰田達の右隣にいる九衞の高笑いが響く。


「がっはっはっはっ! 星川君も俺様の更なる魅力に気付いたようだな? サインはまだやらんけどなぁ」


 バスから走ってきた坂崎がメンバー達に声をかける。


「み、みんな中野監督が怒るからバスに戻ろうよ。れ、練習時間削る気かって怒鳴られるよ?」


「フッ、もうそんな時間か。松渡は既にバス前にいるようだな。俺達も行こうか」


 紫崎の言葉でメンバー達がバスに早足で向かう。

 ハインが星川に移動中に話す。


「ツバキ。この試合結果を陸雄に報告しなければ…………」


「そうですね。じゃあバスに乗ったら送っとくきますねー、僕の二点タイムリーも入れておきますよ」


 そう言って、二人以外のメンバーがバス前に集合する。




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