第162話
「う、うん。あ、ありが…………」
「くそぉ!」
坂崎が言葉を終える前に大きな罵声が飛ぶ。
「えっ? え?」
坂崎が動揺する中で、二塁の手前でしゃがみ込んだ戸枝が握り拳を地面に付いていた。
罵声の正体は悔しがる戸枝だった。
肩を震わせながら、下を向いて歯ぎしりをしていた。
塁審が駆け寄る。
「君、プレイ中だよ! 暴言は止めなさい! 早く守備準備をしなさい!」
「…………」
戸枝が無言で立ち上がる。
それを見た星川が冷や汗を垂らす。
(気持ちは解りますけど、試合中は弁えて欲しい物ですね)
一塁手前で七番打者が声をかけるのが辛いのか、申し訳なさそうに先にベンチ戻っていく。
五回表はここで終了した。
※
五回裏。
12対5で大森高校の優勢の中で試合は始まる。
「五回裏―――大森高校の攻撃です。七番―――センター、灰田君―――」
ウグイス嬢のアナウンスが流れる。
「さーてと、坂崎が打てるかどうかは難しいが、俺が繋げばハインまで回ってくる。やるしかねぇ」
気合いの入った灰田が右打席に立つ。
中野監督がサインを来る。
(初球から振れ―――か。二球目は変化球なら外角は振るな、か―――わかったぜ、中野)
灰田がヘルメットに指を当てる。
打席でバットを構える。
「―――プレイ!」
審判が宣言する。
捕手がサインを送る。
戸枝が頷いて、投球モーションに入る。
(俺としてはこいつのシンカーはキツい。カーブにヤマ張るか―――)
指先からボールが離れる。
内角真ん中にボールが飛んでいく。
「間違いなく―――カーブ!」
灰田がスイングする。
ボールは打者手前で左に落ちながら曲がっていく。
その変化した位置に灰田のバットが当たる。
カキンッと言う金属音と共にボールが飛んでいく。
「っしゃ! 行け!」
灰田がバットを捨てて、一塁に走る。
だが、ボールはレフトとサードの中間で白線を越えて、ファールになる。
観客席にボールがスッと入る。
灰田が足を止める。
「あー、チャンスをここで潰しちまうとはー」
灰田がガッカリして、打席に戻っていく。
「ファールボールにご注意ください」
ウグイス嬢のアナウンスが流れる。
戸枝が冷静に一呼吸する。
捕手が新しいボールを貰い、戸枝に投げる。
戸枝が捕球した頃に、灰田がバットを拾う。
(ワンストライクか―――外角は振らないでそれ以外のコースで待つか―――)
灰田がバットを構え直す。
捕手がサインを来る。
戸枝が頷いて、投球モーションに入る。
灰田がじっくり観察する。
指先からボールが離れる。
真ん中にボールが飛んでいく。
(どうみても変化球だな! 下に―――振る!)
灰田が下にスイングする。
打者手前でボールが左に曲がりながら沈んでいく。
バットにボールが当たる。
(今のシンカー? やべっ! 変な所にバットが当たった!)
ボールはピッチャーの手前でバウンドする。
灰田が一塁に走って行くが―――マウンドから前に走った戸枝がボールを拾って、一塁に投げる。
ファーストが捕球して、灰田は一塁のやや離れた位置でそのまま塁を踏んでいく。
「―――アウト!」
塁審が宣言する。
「あーあ、こりゃ坂崎に任せるしかねぇ」
灰田がバットを拾って、ベンチに戻っていく。
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