第162話


「う、うん。あ、ありが…………」


「くそぉ!」


 坂崎が言葉を終える前に大きな罵声が飛ぶ。


「えっ? え?」


 坂崎が動揺する中で、二塁の手前でしゃがみ込んだ戸枝が握り拳を地面に付いていた。

 罵声の正体は悔しがる戸枝だった。

 肩を震わせながら、下を向いて歯ぎしりをしていた。

 塁審が駆け寄る。


「君、プレイ中だよ! 暴言は止めなさい! 早く守備準備をしなさい!」


「…………」


 戸枝が無言で立ち上がる。

 それを見た星川が冷や汗を垂らす。


(気持ちは解りますけど、試合中は弁えて欲しい物ですね)


 一塁手前で七番打者が声をかけるのが辛いのか、申し訳なさそうに先にベンチ戻っていく。

 五回表はここで終了した。



 五回裏。

 12対5で大森高校の優勢の中で試合は始まる。


「五回裏―――大森高校の攻撃です。七番―――センター、灰田君―――」

  

 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「さーてと、坂崎が打てるかどうかは難しいが、俺が繋げばハインまで回ってくる。やるしかねぇ」


 気合いの入った灰田が右打席に立つ。

 中野監督がサインを来る。


(初球から振れ―――か。二球目は変化球なら外角は振るな、か―――わかったぜ、中野)


 灰田がヘルメットに指を当てる。

 打席でバットを構える。


「―――プレイ!」


 審判が宣言する。

 捕手がサインを送る。

 戸枝が頷いて、投球モーションに入る。


(俺としてはこいつのシンカーはキツい。カーブにヤマ張るか―――)


 指先からボールが離れる。

 内角真ん中にボールが飛んでいく。


「間違いなく―――カーブ!」


 灰田がスイングする。

 ボールは打者手前で左に落ちながら曲がっていく。

 その変化した位置に灰田のバットが当たる。

 カキンッと言う金属音と共にボールが飛んでいく。


「っしゃ! 行け!」


 灰田がバットを捨てて、一塁に走る。

 だが、ボールはレフトとサードの中間で白線を越えて、ファールになる。

 観客席にボールがスッと入る。

 灰田が足を止める。


「あー、チャンスをここで潰しちまうとはー」


 灰田がガッカリして、打席に戻っていく。


「ファールボールにご注意ください」


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。

 戸枝が冷静に一呼吸する。

 捕手が新しいボールを貰い、戸枝に投げる。

 戸枝が捕球した頃に、灰田がバットを拾う。


(ワンストライクか―――外角は振らないでそれ以外のコースで待つか―――)


 灰田がバットを構え直す。

 捕手がサインを来る。

 戸枝が頷いて、投球モーションに入る。

 灰田がじっくり観察する。

 指先からボールが離れる。

 真ん中にボールが飛んでいく。


(どうみても変化球だな! 下に―――振る!)


 灰田が下にスイングする。

 打者手前でボールが左に曲がりながら沈んでいく。

 バットにボールが当たる。


(今のシンカー? やべっ! 変な所にバットが当たった!)


 ボールはピッチャーの手前でバウンドする。

 灰田が一塁に走って行くが―――マウンドから前に走った戸枝がボールを拾って、一塁に投げる。

 ファーストが捕球して、灰田は一塁のやや離れた位置でそのまま塁を踏んでいく。


「―――アウト!」


 塁審が宣言する。


「あーあ、こりゃ坂崎に任せるしかねぇ」


 灰田がバットを拾って、ベンチに戻っていく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る