第163話


「大森高校―――八番―――サード、坂崎君―――」


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。

 坂崎が右打席に立つ。

 中野監督がサインを送る。

 クサイところには振るなという指示だった。

 坂崎がサインに従うようにヘルメットに指を当てる。

 バットを構える。

 捕手がサインを送る。

 戸枝が頷いて、投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 真ん中のやや低めにボールが飛んでいく。


(こ、これは振れない方が良い気がする)


 坂崎が見送る。

 ボールは打者手前で左に曲がりながら沈んでいく。

 シンカーだった。

 外角やや低めの位置にボールがミットに入る。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに110キロの球速が表示される。


(し、シンカーだったんだ。な、慣れないなぁ)


 捕手が返球する。

 戸枝が無表情で受け取り、すぐに構える。

 坂崎もバットを構える。

 捕手がサインを送る。

 戸枝が頷いて、投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 内角高めにボールが飛ぶ。


(き、きっと、ストレート!)


 坂崎がスイングする。

 打者手前で左に落ちながら曲がっていく。

 カーブだった。

 ボール一個分上にバットが掠れて、ミットに入る。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに108キロの球速が表示される。


(ど、どうしよう。い、未だに戸枝君のカーブとシンカーの曲がるタイミングも含めて違いが解らない。そ、それにシンカーはカーブより遅いはずなのに、戸枝君はスローカーブとシンカーを混ぜているから違いがつきにくい。は、ハイン君達はその戸枝君相手にあんなに打ってたのか―――)


 坂崎がバットを構え直す。

 捕手が返球する。

 戸枝が捕球して、構える。

 捕手がサインを送る。

 坂崎がジッと戸枝を観察する。


(ぼ、僕だって、サードの活躍以外に―――みんなの為に頑張りたい!)


 指先からボールが離れる。

 真ん中やや低めにボールが飛んでいく。

 坂崎がタイミングを合わせて、フルスイングする。

 ボールは打者手前で左に曲がりながら沈んでいく。

 バットが当たらずに空振る。


「―――ストライク! バッターアウト!」


 球審が宣言する。

 坂崎が尻もちをつく。


(ま、またシンカーだ。だ、ダメだった。か、カーブと同じかも知れないけど、シンカーってカーブより遅く沈むんだなぁ。は、はぁ、ツーアウトになっちゃった……)


 ヘルメットを拾って、立ち上がる。

 坂崎のこの打席は三球三振で終わる。


(ふ、古川さんの投げる変化球であれだけ練習したのに……だ、ダメだった)


 坂崎が打席から離れていく。

 ネクストバッターサークルの駒島がバットを左肩に乗せて、ゆっくりと歩く。

 そして坂崎に大声で話す。


「坂崎。お前なりによくやった。後はワシがホームランで追加点を上げる」


 あまりに大きな声でベンチの九衞達にも聞こえたのか、ハインがバットを落としそうになる。

 九衞がデカい声で打席に聞こえるように駒島に話す。


「あんな打率でですか? 先輩っ! 頭マジ大丈夫っすか?」


 観客からドッと笑いが溢れる。

 坂崎は駒島と一緒にいるのが、恥ずかしいのでサッサとベンチに戻っていく。


「……」


 駒島は眉間にシワを寄せて、老人の様な顔になる。

 老けたゴリラの様でいて、貧相かつキモオタ特有のオーラを放っていた。


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