第160話


 プレイが再開される。

 ハインはサインを送る。

 松渡が頷いて、投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 投げたコースは打者を僅かに驚かせた。


(三度目の外角だとっ!? フォークボールじゃないな! 舐めるな!)


 外角低めにボールが飛んでいく。

 フォークボールと踏んだ打者がストレートだと割り切って、フルスイングする。

 打者手前で左に曲がりながらボールが沈んでいく。

 ストライクコースから外れて、ボール球のコースに飛んでいく。


(シュートだと!)


 気づいた時には―――振ったバットから離れたボール球がハインのミットに収まる。


「―――ストライク! バッターアウト!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに127キロの球速が表示される。

 松渡のストレートとほぼ同じ速度を維持した―――サイドスピン側のシュートボールだった。

 三球三振でアウトを一つ取る。

 五番打者がベンチに小さな背中を向けて、帰っていく。

 途中でネクストバッターサークルの戸枝と顔を合わせる。


「すまない。戸塚。ジェイクに続かなかった……」


 戸枝がバットを構えて、五番打者を見る。


「俺が何が何でも出塁する。ジェイクの番になれば満塁二回で逆転できるんだ」


 それはまるで雲で描く夢物語の様な話だった。

 戸枝の上空に浮かぶ青空の雲の中で、そのまま喋らずに打席に移動する。

 五番打者がその姿を黙って見届ける。


(戸枝は、俺達のキャプテンは―――諦めてない。最高にカッコいいよ、お前―――)


 五番打者が目を潤ませて、ベンチに走る。


「西晋高校―――六番―――ピッチャー、戸枝君―――」


 戸枝が右打席に立つ。

 ハインの方向に顔だけを下げる。


「よお、ハイン。もう勝った気でいるのか?」


「…………」


 ハインは視線を合わせずに松渡だけを見る。

 戸枝は気にせずに話を続ける。


「野球は最後まであらゆる勝利の仮定がある―――昔お前が俺に言った言葉覚えてるな?」


「……ああ」


 審判が打者を睨む。

 戸枝がバットを構えて、松渡を見る。


「お前は言葉で伝えたが、今度は俺がプレイでそれを示してやる」


 ハインは沈黙でサインを送る。

 西晋高校の監督が戸枝にサインを送るが、見もしなかったことに怒りを覚える。


「あいつは何をしているんだ! 俺の指示にも従わんとは、キャプテンを辞めさせるぞ!」


「監督。戸枝は出塁してくれますよ」


 ベンチの五番打者が話す。


「―――なんだと? 根拠はなんだ?」


 ジェイクが興味深そうに監督たちを見る。

 五番打者が答える。


「あいつの―――俺達のキャプテンの目が意地でも何でもなく、必ずそうさせると伝えてます」


「何を訳の分からないことを言ってるんだ? ストレートとフォークボールに絞れば、相手が投げる確率は高いんだぞ? 私はそれを教えてやってるというのに!」


 西晋高校の監督が呆れ果てた表情になる。

 気にせずに五番打者が淡々と答える。


「戸枝は今チームを引っ張る存在として、みんなに打席で教えようとしてるんです。諦めないことで切り開けるチームの絆を―――それがキャプテンの仕事の一つかもしれません」


 五番打者の言葉に―――ジェイクが嬉しそうにスマイルを見せる。

 西晋高校の監督は諦めたのか頭を抱えて、黙り込む。


「―――プレイ!」


 審判が宣言する。

 戸枝がバットを低く構える。

 チラリと見たハインがサインを送る。

 松渡が頷き、投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 内角高めにボールが飛ぶ。

 戸枝がバントの構えに即座に変える。


(セーフティバントか? 裏をかいてのフォークボールだ。当たるはずが……) 


 内角真ん中付近までボールが真っ直ぐ沈んでいく。

 戸枝は腰を引いて、バットをボールに当てる。 

 カコンっという金属音と共にボールが飛び跳ねる。


「ば、バントが成功しちゃった。ぼ、僕がここから捕りに行こうにも行けない距離だ」


 サードの坂崎が驚く。

 低空に飛んでいくボールがサード方向に転がり落ちる。

 その隙に戸枝がバットを捨てて、一塁に走る。


(オレとハジメの中間の位置に転がってるとは―――捕りに行くしかない!)


 ハインが走り出す。



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