第159話


 駒島が鼻をほじくっている間に遥か頭上にボールは越えていく。

 センターの灰田が走って行くが、途中で足が止まる。

 止まった原因は―――スタンドにボールがスッと入ったからだった。

 観客の歓声が大音量でドッと上がる。

 ジェイクのホームランだった。

 西晋高校のベンチが盛り上がる。


「流石はジェイクだ! やってくれたぜ! みんなジェイクに続け! キャプテン命令だ!」


 キャプテンの戸枝がそう言って、興奮混じりに瞳を輝かせる。

 ベンチのメンバーはガヤガヤと嬉しそうに騒ぐ。

 西晋高校のランナー達が次々とベースを踏んでいく中で、マウンドの松渡は目を瞑る。


「打たれちゃったか~。全力のフォークボール投げたんだけど……こりゃ、切り替えないと負けるな~」


 ジェイクがホームベースを踏んだ頃には三点が入っていた。

 12対5となり、大森高校相手に7点差まで追いつく。

 ジェイクがホームベースを踏んで、歯を見せてハインに笑顔を見せる。

 ハインは黙って、握りこぶしを少しだけ作る。


(握りによって沈む変化量を変えさせるハジメのフォークボールすら―――攻略するとはな…………)


 五番打者とジェイクが短いやりとりをしている。


「ジェイク。今のどうやって打てたんたんだ? 次の俺にも教えてくれよ」


 五番打者の質問にジェイクが小躍りしながら答える。


「ジェイク ウマク セツメイ デキナイ。フィ―リング ト パッション ダト オモウヨ!」


「えぇ……」


 五番打者が困惑する。


「味方に打てる理論を説明できないところだけが不幸中の幸いか……」


 ハインがそう言って、座り込む。


「―――西晋高校―――五番―――」


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。

 五番打者が打席に立つ。

 審判からボールを受け取ったハインが松渡に投げる。

 松渡が捕球して、サッと構える。


(どうやらハジメは既に切り替えが出来ているようだな。タイムを取る必要はないか……)


 西晋高校の監督がサインを送る。

 頷いた打者がバットを構える。


「―――プレイ!」


 審判が宣言する。

 ハインがサインを送る。

 松渡が頷いて、投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 外角低めにボールが真っ直ぐ飛んでいく。

 打者がボール球のコースと思い、スイングを中断する。

 ハインのミットに収まる。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。


「えっ? は、入ってた?」


 打者が声を漏らして、困惑する。

 ボールはストライクゾーンのコースのギリギリに入っていた。

 スコアボードに111キロの球速が表示される。

 ハインが返球する。

 松渡が口元に軽い笑みを浮かべて、捕球する。

 打者がバットを構え直す。

 ハインがすぐにサインを送る。

 松渡が頷いて、投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。


(また外角か?)


 そう思った打者がバットに力を入れる。

 外角真ん中にボールが飛んでいく。


(フォークボールだろうがっ! ―――捉えた)


 打者がタイミングを合わせてスイングする。

 ボールよりもやや下の位置にバットを振る。

 しかし打者手前でボールが変化せずにバットを通過する。


「……なっ!」


 打者が空振りして、尻もちをつく。

 ヘルメットが外れて、打席の白線に落ちていく。

 西晋高校の監督が腕を組む。


(変化球を投げてくることは確実なんだ。フォークボールだけに的を絞っておけ! 何のための五番だ)


 スコアボードに135キロの球速が表示される。

 外角続きの緩急のあるストレートでツーストライクを取る。

 ハインが返球する。

 松渡が捕球して、打者が立ち上がるのを待つ。

 ハインがヘルメットを触ろうとしたら、打者がヘルメットを無言で先に取る。

 被り直して、バットを軽く振って集中する。



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