第143話
「三回裏―――大森高校の攻撃です。一番―――キャッチャー、ハイン君―――」
ウグイス嬢のアナウンスが流れる。
マウンドに立つ戸枝は集中して、深呼吸している。
次の回が始まる前にベンチで西晋高校の監督と約束したからだった。
『この回でハインを抑えられなかったから、他の上位打線は敬遠します』
戸枝の言葉に監督が同じ意見だったのか頷いた。
ハインが右打席に立つ。
中野監督がサインを送る。
ハインは首を振る。
中野監督が驚く。
「何っ? ハインの奴、私のサインに従わずに何をするつもりだ? 点差は充分あるとはいえ、スタンドプレーを許した覚えはないぞ」
中野監督が不機嫌そうにハインを見る。
灰田が横でそれを見る。
(うわっあぁ! 中野のサインを初めてハインが無視しやがった。中野っていつも目付きが悪いのに、今回はまるで相手を殺すような殺気だった睨みだな。美人が怒ると迫力増すって言うけど、あれじゃ美人でも男が寄らんわな)
中野監督と灰田が目が合う。
灰田がゾクッとする。
「朋也様。ハインが打てずにベンチに戻ったら、明日から階段上りのうさぎ跳びを合計100メートル特別個人メニューで追加すると後で伝えておけ」
「お、おう…………打っちゃったら、どうすんだよ? って、怖えから睨むなって―――」
「それでハインが増長させるようなら、練習でシゴキ倒す」
(中野めっちゃ機嫌悪くなったな。今日あの日なのかな?)
「……朋也様。今失礼なことを考えなかったか?」
「いや、別に……時々怒る中野も結構可愛いなぁって―――」
「結構?」
中野監督がキッと睨む。
「あ、いや、なんかその、すいませんでした。―――はい。今日も中野はカッコいいです」
灰田の言葉が詰まり、冷や汗を流す。
「灰田君。部内恋愛禁止だよって、入部する一番最初に陸雄君と一緒に言わなかったっけ?」
古川が無表情で灰田をちらりと見る。
(うっ、思わぬ伏兵が―――ったく、うちの野球部の女共はおっかねぇなぁ)
「まぁ、監督。ハイン君も考えがあるのでしょう。彼は意味のない事はしませんし、試合見ましょう」
古川が中野監督にそう言って、視線を試合に当てる。
中野監督も目を瞑り、ゆっくりと開いていつものやや不機嫌そうな顔に戻る。
(―――ほっ)
灰田が安心して、同じく試合に目をやる。
捕手がサインを送る。
戸枝が頷いて、投球モーションに入る。
指先からボールが離れる。
ボールは外角やや低めに飛ぶ。。
ボールが減速しながら飛んでいく。
チェンジアップだった。
ハインは見送る。
打者手前で僅かにボールが沈んでミットに収まる。
「―――ストライク!」
球審が宣言する。
スコアボードに106キロの球速が表示される。
(この角度ではアレを出せない。今までの捕手の配球を考えれば必ず投げてくるはずだ)
ハインはゆっくりと動かずにバットを構える。
捕手が返球する。
戸枝が捕球する。
戸枝がロージンバッグを拾い、手の滑りを止める。
その行為が終わった後で捕手がサインを送る。
戸枝が頷いて、投球モーションに入る。
投球モーションに入り、指先からボールが離れる。
外角高めにボールが飛ぶ。
打者手前でボールが左に曲がりながら、落ちていく。
ハインが見送る。
ストライクゾーンから僅かにコースが外れた場所でミットに収まる。
「―――ボール!」
球審が宣言する。
(っち、ハインの奴―――よく見てるな)
戸枝が汗を流す。
捕手が返球する。
スコアボードに112キロの球速が表示される。
戸枝が捕球して、構える。
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