第66話

 中野監督が次の打者の陸雄にサインを送る。


(セーフティーバントでもいいから、とにかく当てろか……錦先輩を帰らせて一点取るってことかな……)


 陸雄がヘルメットに指を当てる。

 捕手が横田にサインを出す。


(―――解ったよ。そうすりゃ良いんだろ?)


 横田がボールの握りを変える。

 そのまま投球モーションに入る。

 ややタイミングをずらして投げ込む。

 外角高めにボールが飛ぶ。

 やがて打者手前で下に落ちる。


(ここだ! 当たれ!)


 陸雄がスイングするも―――ボールに当たらなかった。


「ありゃ? カットボールじゃない?」


「ストライク!」


 球審が宣言する。

 バットがボール一個分かすめる。


(初球はチェンジアップかー。今までカットボールが主張気味だったから、配球変えて来たのかな?)


 捕手が横田に返球する。

 素早くサインを送る。

 横田が頷く。


(そうだな。俺もそう思ってた)


 横田がボールを握り、素早く投球する。

 一球目とは違って、タイミングが取りにくいように早めに投げる。


(―――低い! これは手を出さない方が良い)


 陸雄が見送る。


「ボール!」


 ボールがミットに収まり、球審が宣言する。

 二球目は外角低めのチェンジアップだった。


(難しいコースだったな。打ってたら、危うくゴロゾーンだったな)


 捕手が返球する。

 陸雄がバットを内角向きに肩に当てて―――構える。

 横田がグローブで捕球し、捕手のサインを見る。


(そうだな。あえて投げて見るか)


 頷くと素早く投球モーションに入る。


(早い―――! なんだ? ストレートか?)


 横田がボールから手を離す。

 タイミングがイマイチ合わない陸雄は振るのが遅くなる。


(―――やべっ! 届かねぇ!)


 打者手前にボールが来たが、バットがボールに触れなかった。

 三球目も外角低めのチェンジアップだった。


(同じコースかよ。道理で迷いがねぇ訳だ)


「ストライク!」


 球審が宣言する。


(ペースでかく乱しようっての? なら―――!)


 陸雄がバットを肩に当てる。


(よし! あと一つ。こいつが振ってないコースを投げるか)


 よく観察していない横田がボールをキャッチして構える。

 すぐさま四球目の投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。


(油断してる! ―――打てる!)


 内角低めのストレートを打つ。

 金属音が響く。


(ドンピシャ! バットを内角向きに構えて正解だな!)


 バットを放り投げて、走り出す。


「しまった! 内角を―――ショート! アウトにしろ!」


 打球はレフト方向に低めに飛ぶ。

 ショートが飛び込んで取ろうとするも、グローブがボールをかすめる。


「レフト! ふたつだ! 捕ったらすぐに投げろ!」


 横田が指示を出す。

 ボールはレフトのやや手前でバウンドする。

 レフトが捕球して、セカンドに投げる。

 だが、錦が既にスライディングで二塁のベースを踏む。


(くそっ! 早え足だな! 陸上行けよ!)

 

 横田がマウンドを蹴る。


「セーフ!」


 塁審が宣言する。


 一方―――陸雄は一塁をダッシュで通過する。

 ランナーは一、二塁の状態になる。

 ベンチの中野監督はこの状況を思考する。


(一、二塁でツーアウトの流れだが―――星川に打って貰って、朋也様にセーフティーバントをして一点入れてもらうか)


 打者が星川になる。

 中野監督が星川にサインを送る。


(サインは流し打ちですか。初球から狙っていきますかね)


 星川がバットを構える。

 捕手がサインを出す。


(いやダメだ―――このイニングで投げ過ぎた。こいつは本塁打はまず無い。球数を減らすために打たせて取らせよう)


 横田はサインに何度か首を振る。

 捕手はその意図を呼んだのか頷く。


(残塁のままここで打たせて取らせ―――抑える!)


 横田がボールの握りを変えて―――投げ込む。

 星川がタイミングを合わせて、スイングする。

 ストレートだとヤマを張ったが、真ん中低めのカットボールだった。


(ここです! ―――グングン伸びてください!)


 星川がカットボールを当てる。

 芯から外れて、低めにボールが飛ぶ。

 打球はショートライナーでキャッチされる。


「―――ああっ! 初球打ちは不味かったですかね。まだストレートとカットボールの判別が付きませんね」


 一塁に向かって走っていくのを星川は諦める。


「アウト! チェンジ!」


 スリーアウト。

 球審が宣言して、一回表が終了する。

 バットを持った星川がベンチに戻る。

 中野監督は腰に手を当てる。


(あの状況では盗塁は厳しかった。牽制が無かったにせよ―――次の回まで相手の警戒を解かせておく必要があるな。今回はこれで良しとしよう)


 そう思った中野監督は表情を隠すために―――帽子を被り直す。



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