第65話

「―――プレイ!」


 球審が宣言する。

 中野監督がサインを送る。

 それを見た紫崎がバットを構える。


(フッ、流し打ちにしろ―――か。別に本塁打にしても構わんのだろう?)


 紫崎のバットに力が入る。

 捕手がサインを送る。

 横田が頷く。


(初球はこいつで―――)


 投球モーションに入る。

 上げた足を踏み込む。


(―――決める!)


 指先からボールが離れる。

 内角低めにボールが飛ぶ。

 紫崎がバットをフルスイングする。

 バットにボールが当たる。

 しかしボールが芯に捉えていない。

 カットボールだった。

 そのまま力任せに振り上げる。

 ボールが浮き上がる。


「打ち上げたか…………フッ、俺も甘いな」


 上がったボールは後ろに切れて、観客席に入っていく。


「ファール!」


 球審が宣言する。


(打たれたとはいえ、ますはワンストライクだ)


 捕手がサインを出す。

 横田が首を振る。


(ダメだ! 次はこいつにしよう。投手の勘だが、これなら入る!)


 三度目のサインで横田が頷く。

 投球モーションに入る。

 ボールはやや高めに飛んでいく。

 紫崎がタイミングを合わせて、スイングする。

 打者の手前で下にボールが下がる。


(やはり変化球―――チェンジアップかっ!)


 金属音が響く。

 バットの芯にボールが見事に当たる。


「…………っ!」


 ボールはセンター付近を越えていく。

 やがてスコアボードにボールがぶつかる。

 ホームランだった。


「フッ、無駄にバッテイングが上手くてな。チェンジアップのキレが落ちているのが幸いしたな」


 紫崎がランニングして、やがてホームベースを踏む。

 横田が無言で空を見上げる。

 捕手が心配するが、タイムはもうかけられない。

 やがて紫崎がホームベースを踏む。

 九点目が追加される。

 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「三番―――セカンド、九衞君」


 打席に九衞が入ると、バットをコンッとスパイクで軽く蹴る。

 そのまま音を立てて、バットが九衞の肩まで上がる。


「さーてと―――そんじゃあ、軽ーく行きますかね」


(いいか? こいつには初球から行くぞ! この打席ではストレートは減らす!)


 捕手のサインに何度か首を振り、意志を伝える。

 理解した捕手は、ミットをやや右下に構える。


(初球で脅かして―――難しいコースでプレッシャーを与えてやる!)


 横田がボールを握り、投球モーションに入る。

 少し間を作り、投げ込む。

 空中で回転して―――ミットに向かって来るボールに強風が吹く。

 横田のコントロールと強風でコースが逸れる。


(しまった! 内角よりが真ん中に近いコースにっ!?)


 カットボールの軌道も含めると、真ん中よりのコースにボールが飛ぶ。


(チョコボール―――!?)


 九衞がカットボールをタイミング良く当てる。

 力で打球を引っ張り高く上げる。

 カキンッと言う金属音を立てる。

 キレが弱まったカットボールがバットの芯に当たる。

 九衞が短い時間の中で、力で引っ張る。

 打球は左中間に飛ぶ。


「レフト! 走ってアウトにしろ!」


 後ろを向いた横田が叫ぶ。

 レフトが走るも、顔を見上げたままだった。

 目で追っていたボールは高く飛んでいく。

 そのままレフトの観客席にボールが入っていく。

 ホームランだった。


「がっはっはっ! そんな甘い球投げて来ちゃいかんよ!」


 九衞がバットを捨てて、ランニングする。

 マウンドの横田が座り込む。

 呆然とする横田達とベンチで歓声を上げる陸雄達の時間で、九衞がホームベースを踏む。

 十点目が入る。


「―――くそっ! なんなんだよ、こいつら!?」


 横田が歯を食いしばる。

 指にほんの少し力が入らなくなってきていた。

 変化球はこの回で十五球投げている。

 手汗でキレが落ちたと思い、ロージンバッグで次のピッチングを整える。


(崩れるな。ここで崩れたら負ける―――!)


「錦先輩! ガンガン行きましょう!」


 九衞がネクストバッターの錦にバトンタッチする。


「四番―――レフト、錦君―――」


 ネクストバッターの錦が打席に入る。

 捕手がタイムを入れようとするが、横田がサインで制止する。


(悔しいが、こいつは強い。今回は敬遠するしかない)


 横田が人差し指と中指を膝に当てる。

 敬遠の合図だった。

 捕手が立ち上がり、ストライクゾーンから離れた位置にミットを構える。

 フォ―ボールで錦が敬遠される。

 横田は息切れしていた。

 錦が一塁に歩く。



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