第64話

 ツーアウトの中で、ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「一番―――キャッチャー、ハイン君」


 ハインが打席に立つ。

 捕手がサインを出す。

 敬遠のサインだった。

 横田が首を振る。


(こいつにはボール球ギリギリで抑える。押し出しで点をやる訳にはいかない!)


 捕手が観念したのか、首を何度も振る横田の指示に従う。

 投げたボールがクロスファイヤーをする。


「ボール!」


 球審が宣言する。


(さんざん首を振って、この投球か―――打たれるイメージを強く持っているな。そうなると配球は―――)


 ハインがバットを肩に当てる。

 外角高めのカットボールを見送る。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 ハインがバットを肩に当てたまま集中する。

 内角高めのチェンジアップが飛ぶ。

 だが、ハインはその球を待っていたかのように狙う。


(―――絶好球だな!)


 ハインがフルスイングする。

 金属音が響く。


「またか―――!」


 横田が焦るも打球は高く飛びあがる。

 ライト方向にボールが飛ぶ。


「ライト! フライにしてアウトにしろ!」


 横田が怒鳴るように叫ぶ。

 ライトがボールを追っていく。

 しかし途中で諦めて、走るのを止める。

 追っていたボールは場外に飛ぶ。

 二度目のホームラン。

 横田が唖然として、口を半開きにする。


「いやー、頼りになりますねぇ! ハイン君が相手チームだったらと思うと、ゾッとしちゃいますよー」


 喜ぶ星川がホームベースを踏む。


「やっぱハインは凄いな! 味方でホッとするぜ。おっ、ベンチの陸雄が嬉しそうにはしゃいでんな!」


 灰田がホームベースを踏む。


「オレの予想通りのコースに投げて来たか―――捕手を信頼し切れていない時点で相手は負けている。野球は一人じゃ出来ない」


 そして最後にハインがホームベースを踏んだ。

 ランナーが全て生還で合計八点が入る。


「フッ、ハインが遠慮無しなのは昔からだな。俺も続くか―――」

 

 紫崎の静かな高揚と共に、ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「二番―――ショート。紫崎君」


 紫崎が打席に立つ。

 その時に捕手が立ち上がる。


「すいません―――タイムいいですか?」


 球審が承認し、マウンドに内野手と捕手が集まる。

 横田は一回表で調子を崩しかけていた。

 その異変に気付いたバッテリーの捕手はタイムを取った。

 打席から紫崎が一息つく。


「フッ、気分は六回表の厳しい状況に円陣を組む状態だろうな」


 紫崎がニヒルな表情を一瞬見せる。 

 マウンドに集まったメンバーは重苦しい空気になっていた。


「横田…………大丈夫か?」


 捕手が沈黙に耐えられなったのか声を出す。


「…………」


 横田は押し黙る。

 野手の一人が声を出す。


「弱小野球部のはずなのに……こんなに取られるなんて……」


 捕手がその野手の言葉に声をあげる。


「おい! 言葉選べって! 横田はまだやれる」


「お、おう。横田、落ち着けよ。ランナー埋めても良いから、敬遠しようぜ。5番なら抑えて一回終了だ」


「そ、そうだよ。まだこっちの攻撃じゃない。取り返そうぜ!」


 野手達が楽観的な言葉を並べる。


「―――取り返せるわけねぇだろっ!」


「―――っ!」


 横田のキツい声でメンバーが押し黙る。

 彼らは侮っていた。

 大森高校野球部が弱小であることの優越感。

 自分達の実力を試すにはちょうどいい相手。

 監督は弱い選手ならこっちの野球を知らない監督と同じ条件である。

 そんな都合の良い物の見方をしていたことを―――この試合の状況で痛感する。


「俺達は負けてんだぞっ! 相手は最弱なんかじゃない! 俺たちより格上の相手だ!」


「横田―――落ち着けって、確かにそうかもしれないけど…………まだ負けると決まった訳じゃないんだぜ?」


「そうだよ。」


「お前ら真剣にやれよ。この試合を落としたら、ソフトボール部の連中とのグラウンド争いに不利になって練習時間がさらに減るんだぞ? この意味解ってるな?」


 横田の言葉はチームに突き刺さった。

 高天原高校の野球部は―――軟式時代まではソフトボール部と交代でグラウンドを使っていた。

 今年硬式になったばかりのこの高校は、一勝でもしなければ―――実績のあるソフトボール部に時間を大幅に奪われる。

 彼らは交代していく時間の中で、練習をそれなりにこなしていた。

 この一回戦で負ければ、いつか野球部は名前だけの弱小の部になり果てる。

 横田の言葉は硬式未経験ばかりの野球部に危機感を覚えさせた。

 メンバーの野手の一人が何かを言おうとした時に、捕手が手で遮る。


「時間だぜ―――みんな戻れ! もうタイムはこの回じゃかけられない。控えがいねぇからな」


 捕手がそう言って、横田を見る。

 メンバーが重くしいムードのまま守備位置に戻っていく。


「横田。打たれても崩れるなよ。崩れたらそこで俺達は負けるんだからな」


「…………」


 捕手が横田の表情を見て、心配そうに何も言えず―――守備位置に戻っていく。


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