第62話

「―――プレイ!」


 球審が再開を告げる。

 ボールを貰った横田が構える。

 捕手がサインを送る。

 横田が頷く。

 普段よりもタイミングをずらして、投球モーションに入る。

 

(この球―――振っとけよ)


 指先でボールを離して、素早く投げ込む。


(このコース―――あらかさまですね)


 そう思った星川はバットを振らない。

 ストライクコースからボール二つ抜けた外角の球を見送る。


「ボール!」


 球審が宣言する。


(クソッ! よく見てやがるな。球数増やさせやがって―――!)


 ツーストライク、スリーボール。

 フルカウントが成立する。


(フルカウントか―――もうボール球で打者を歩かせる訳にはいかない)


 捕手から返球でボールを捕球した横田がそう考える。

 捕手のサインに首を振った横田が唾を飲む。

 横田が六球目を投げる。


(ったくよ! 一回表なのにもう二回表まで投げた気がするぜ!)


 球が指から離れる。

 外角低めのストレート。

 ゴロゾーンを狙ったのだが、ややボールが高い。


(このコースは予測してますよ!)


 星川がバットにボールを当てる。

 ボールは二遊間を抜けて、レフト線にバウンドする。


「ボール行ったぞ! ふたつじゃない! ひとつにしろ!」

 

 横田がマウンドから指示する。

 レフトがボールを拾い上げる。

 そのままファーストに中継する。


「大丈夫っ! 行けます!」


 星川が中継するボールが―――ファーストに捕球される前に一塁を踏む。

 

「セーフ!」


 塁審が宣言する。


「おっとぉ! 俺を忘れてませんかね!?」


 そう呟いた陸雄が、二塁にスライディングする。

 セカンドにボールが飛んできた頃には遅かった。


「セーフ!」


 二塁審が宣言する。

 ランナー一、二塁ノーアウトの場面になる。


「七番―――センター灰田君」


「ったく、吹奏楽部のチャンステーマも流れやしねぇとは…………シケてるな」


 灰田がバットをゆっくりと上に向ける。


「ま、プロ野球でも甲子園決勝ってわけじゃねーし。いないもんに文句言ってもしゃーないわな」


 そのまま下に移動させ、構える。

 中野監督のサインを見る。


(中野のサインは……一球待って、二球目はわざと早めに振って、三球目にエバースね。その後は流し打ちにしろか)


 灰田がメルメットを指にあてる。

 エバース。

 バントの構えからバットを引いて、投球を見送る事である。

 内野手を前進させ盗塁を成功させる戦法として使われる。


(陸雄が盗塁するってことか……中野も点に欲深いぜ。まだ一回表でそんな点が取りたいのかよ)


 中野監督が上機嫌な表情でグラウンド全体を見る。


(七番―――大丈夫だ。こいつは上位打者じゃない。落ち着いて投げるぞ)


 横田が投球モーションに入る。

 ストレートとは違うボールの握りで投げ込む。

 外角高めにボールが飛ぶ。

 灰田はバットを動かさずにボールの軌道を見る。

 打者手前で変化し、ボールは手元に落ちていく。


「ストライク!」


 ミットの音と共に、球審が宣言する。 


(チェンジアップか―――初球から変化球ねぇ。中野―――次振るとしたらツーストライクだぞ? エバースはボール球じゃないと成立しないぜ?)


 灰田がバットを肩に当てる。


(こいつ、内角打を狙ってるのか?)


 そう思った横田が、同じことを考えていた捕手のサインに頷く。

 握り方を変えて、投球モーションに入る。

 高く上げた片足を地面に踏み込む。

 同時にそのまま指先からボールを離す。


(早めに―――振る!)


 灰田が早めにスイングする。

 外角高めのボールがミットに収まる。


「ストライク!」


 球審が宣言する。


(よっし! こいつは俺のボールが見えてない。他の打者に比べれば楽な相手だ)


 横田が捕手から投げたボールをキャッチする。

 灰田がバントの構えを行う。


(そういうことかよ―――前進守備にするぞ!)


 片手でロージンバッグを握り、三回叩く。

 その横田の合図に、捕手が野手達に向かって―――手を広げる。

 高天原高校ならではの前進守備の合図だった。

 内野手たちが前に移動する。

 二塁の陸雄が少しずつ塁から離れて、リードする。


(牽制来るなよー。リード、リードっと…………)


 横田が投球モーションに入る。


(バントは―――成功させねぇよ!)


 足を踏み込み、指先からボールが離れる。

 その瞬間。

 灰田がバントから肩にバットを当てる。

 そして後ろから走る音が聞こえる。


(エバース!? しまった! ボール球をストライクに出来ない!?)


 横田が驚く間に―――後ろから走る音に気付く。

 振りかえると―――二塁の陸雄が三塁に向かって、走っている。


「―――何っ! 盗塁だと? あいつら、これが狙いか!?」


 高めのストレートのボール球を―――捕手がキャッチする。


「ボール!」


 球審が宣言する。

 そのまま捕手が慌てて、三塁に投げる。

 前進守備のせいか、サードが塁から離れている。

 捕球すると同時に、カバーに入るショートに向かって投げる。


(―――間に合えっ!)


 陸雄が三塁にスライディングする。

 走っていくショートが三塁を踏み損ねる。

 サードが投げようとした頃には―――陸雄は三塁にいた。


「危ない危ない……スチールって、結構スリリングだよな」


 三塁を踏んだ陸雄が立ち上がって、泥を払う。

 灰田がニヤッとする。


(中野は次の球をボール球と踏んでたのか。偶然なんかじゃねぇ、計算通りか。まったく、すげえ采配だな―――さて、切り替えるか。次は流し打ちっと)


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