第37話

 持っていたバットを下に降ろして、中野監督が一息ついて話す。


「これでメンバーは二年の馬鹿二人を除いて揃った。これから本格的に総合練習を行う! まずランニング。続いてベースランニング。その後に金属バッドの素振りとシートノック。肩車の後に守備練習もする。準備運動は出来ているようだな? では、笛を吹くまでランニング開始!」


「「はいっ!」」


 メンバーが一つになり、ランニングを開始する。

 遠めに見ていた周りの上級生の学生たちが驚く。


「なぁ、ウチの野球部って―――今までこんな本格的に練習してねぇよな?」


「あ、ああ。監督代わってから真面目になったな。今年はもしかしたら一回戦突破してくれるんじゃねぇのか?」


「同じクラスの錦君と古川さん。どこか楽しそうだな」


 放課後に見物していた部外の学生がそれを見て、帰っていく。


「おい! 九衞!」


 ランニング中に灰田が話しかける。


「なんだ? 確か監督のお気に入りの朋也様~、だっけ? 野球が好きな正岡子規どころか、神に愛される球児を目指す為の俺様の聖なるランニングタイムを邪魔するな」


「からかうな。灰田にしろ! お前がすげー打者なら、俺と空いた時間にリボルバーしろ」


「はぁ? この俺様にリボルバーだぁー?」


 リボルバー。

 練習後に投手と打者で行う一対一の勝負。

 投手はストレートを投げ、敗者は勝者に菓子やジュースを与える対決である。


「生意気だなー」


「やれよ! お前を抑えれば俺は強い投手に成れるんだよ!」


「公式試合が始まってからなら、別に良いけど……お前、投手なのか? 守備だと、さっきまでセンター守ってなかったか? サブポジかー?」


「投手はそこ走ってるはじめんや、こっちの陸雄に続いて控えで出ることもあるんだよ。お前を打ち取れば、はじめん辞めた後で、来年陸雄の控えで活躍できるからな」


「はぁ? はじめんって、松渡のことか? なんだよ、二年間やんねぇのか?」


「はじめんだけじゃねぇ。来年残るのは俺とお前と握手した星川。卓球部だったあそこでバテバテ顔してる坂崎ってヤツとエースの陸雄だけなんだよ」


「俺様の次に良いプレイが出来そうな―――あのお高くとまってそうな金髪も辞めんのか?」


「ああ、ハインも含めて九月までの約束なんだよ。今年の甲子園に行くために、九月まで居てくれて、本気出してくれるって条件だからな」


「なるほどねー。つまりそれなりにやれる戦力が、甲子園に行った後の九月でなくなるってことかー」


「今の二年生は錦先輩以外足を引っ張るだけなんだよ。あんま考えたくねぇけど―――もしかして、今の話を聞いて、お前も辞めんのか?」


「へっ! 今年の九月と言わず、俺様は二年最後までレギュラーを守るぜ。来年一年にレギュラー取られるなよ、ブサ顔!」


 九衞がペースを上げて、灰田を追い抜く。


「うおっ! 九衞、足早えー! よっしゃ! 負けてらんねーな!」


 同じく追い抜かれた陸雄が、走りながら喜ぶ。

 陸雄もペースを上げる。


「ちっ! ムカつくヤツが入って来たな。二年間リボルバーでお菓子巻き上げてやるからな! 毎日クリームパンとアクエリアス奢らせてやる!」


 灰田が嬉しそうに九衞に続く。

 九衞が先団を走っているハインに近づく。


「おい、金髪。お前、九月でバッテリー辞めんのか?」


「―――ハイン・ウェルズだ。リクオの九月からの正捕手はカイリがやってくれる。配球論や捕手のノウハウは休み時間などに教えるつもりだ」 


「どーせ九月で辞めんだから、てめぇの名前覚えるまでもねーだろ。なぁ、金髪。カイリって誰だよ?」


「九衞。ブルペン捕手とサードをやってくれる坂崎の事だ」


 後ろで同じようにランニングしている紫崎が答える。

 九衞が振り向く。

 紫崎が顎で指して、ビリで息を切らして走っている坂崎に視線を送る。


「へー、こりゃあ来年は深刻だわな。期待できる選手層は来年入ってくる分も含めて一年頼りかよ。おい、金髪。この九衞錬司様が毎打席必ず出塁して錦先輩と一緒に点取ってやるから、しっかり三人の投手をリードしろよ。解ったか?」


(噂通りの性格っていうか、それ以上だな~。実力もあるし、自信もあって良い選手だけど、ちょっと刺々しいんだよな~。頼りになる選手なのは確かだけどね~)


 後ろで聞き耳を立てて走っていた松渡が、ニコニコと笑う。

 九衞の質問に答えずに、ハインは前を見て走る。


「…………」


「コラッ! シカトは地味にイラッと来るんだよ! このスカし金髪、聞いてんのか?」


 ハインが九衞に視線を送り、すぐに外して前を向くと返答をかけた。


「―――打たれた時は頼む。内野手として期待しているぞ、レンジ」


「様を付けろよ! パツキン野郎! 甲子園で優勝したら―――お前優勝コメントで、全てはこの九衞錬司様のおかげだと言えよな! その可愛い子ぶったスカした面を女みてぇにさせてやるからな!」


「…………」


 ハインが無言で九衞を抜き去る。

 イラッとした九衞が後に続く。


(フッ、ハインも面倒な奴に絡まれたもんだな。九月で辞めるのはハインだけじゃないのに、自分が気に入らない上に実績のない奴には厳しいようだな)


 走っている紫崎が、ハインに同情の視線を送る。


(うわ~。九衞ってキャラが強烈な奴なんだな~。ハインは性格が大人びてるから怒らない思うけど、他のメンバーに絡まないか心配だな。キャプテンにしたら危険なタイプだ)


 丸聞こえだった陸雄が、引き気味な表情を見せる。

 錦は無言でトップを走り続ける。



 バント処理やゲッツー練習を終える。

 灰田と星川はバントが上手いのか、転がす方向が的確だった。

 錦と九衞はほとんどの練習が優秀で体力もあるので、中野監督からシゴかれた。

 陸雄と松渡は、古川の指導で坂崎とハインを交代で投げ込みを行った。

 そして、今日の練習が終わる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る