第36話

「もしかして! 中野監督が言っていた噂のセカンドを守る奴か?」


 陸雄が声をあげる。

 ウルフカットの髪型の強面な顔の男がニヤリと笑う。


「察しの通り―――俺様が新入部員の九衞(このえ)だ! 待たせたな! 野球小僧共!」


 九衞の大声で、ハイン以外の全員が喜ぶ。

 紫崎と松渡だけが驚いていた。


「九衞って、あの九衞錬司(このえれんじ)か?」


 紫崎が声を漏らす。

 灰田が落ちていた帽子を拾って、九衞に渡す。


「朝練参加せずに随分味な挨拶してくれんじゃねーか! 上級生でもねぇのに偉そうな新入部員だな、ええ、おい!」


 九衞は灰田から帽子を受け取る。


「昨日ユニフォームを買ってたんでな。そのせいで入部届が遅れたんだよ。チンピラ野郎」


「ああっ!? 普通順番逆じゃねぇか? 強面野郎!」


 メンバー達がライトに走って、集まる。

 陸雄が眼を光らせて、九衞を見る。


「お前スゲー肩してんな! 九衞、これからよろしくな! 俺、岸田陸雄!」


「おおっ、よろしくな。投手はお前だけか?」


「いや、はじめん…………松渡がいるんだ」


 松渡が帽子を脱いで、一礼する。

 九衞が眉を上げる。


「ん? お前―――シニア名門球団の埼玉ドルフィンウェーブの松渡一じゃねーか? なんで準決勝でノーヒットノーラン達成したスター選手が兵庫の無名高校にいるんだ? 埼玉のスポーツ推薦受けたんじゃねーのか?」


 九衞の言葉に星川と灰田、陸雄が驚く。


「え? はじめんってすげー選手なの? 越境? 外国人部隊じゃん! すげー!」


 意外だったのか、陸雄が声を漏らす。


「野球留学じゃないんだけどね~。詮索はしないでくれると嬉しいかな~」


「―――オレもアメリカから来てるんだがな」 


 フッと笑うハインに、星川が苦笑いする。


「いや、ハイン君は外国人選手というよりは外人選手の枠ですから―――同じくくりじゃないかもしれませんが…………というか、九衞君って、あの和歌山シーライオンズの九衞錬司君?」


 紫崎が腕を組む。


「星川の言うようにあの九衞だろうな。なにせ中学野球界じゃ有名だったもんな。なるほど、あの九衞がここに入るか……確かに頼りになるな……」


 陸雄と灰田が顔を合わせる。


「えっ? 誰なの? この人って有名人?」


 陸雄の疑問に、九衞がムッとする。

 星川がにっこりと笑い、人差し指を上に立てる。


「説明しますね! 九衞君は小学校から中学まで野球をしていた和歌山の外国人選手で野手でした。中学二年にして県内シニアリーグベスト4という成績を出した硬式経験者ですよ! わぁ~、生で見るの初めてですよ! 握手して良いですか?」


「いいだろう! 普段は忙しい俺様だが、チームメイトとして特別に握手させてやろう!」


 握手する星川に、誇らしげに九衞が笑う。

 紫崎がため息をつく。


「俺はよく九衞に比べられていたから、中学野球界じゃ良い引き立て役だったな」


「は? なんで紫崎が比べられんだよ? こいつ紫崎よりすげーの? 見えねー」


「あ? おい、こら、チンピラ。俺様を知らないとはチンケな田舎者だな? 今まで野球してねぇだろっ!?」


「田舎者で悪かったな。鹿児島の少年野球団出身だよ! 和歌山だって田舎だろ?」


 陸雄は怒る灰田を余所に、紫崎に話しかける。


「なぁ、紫崎。九衞が県内のベスト4だけじゃ中学野球界でそんな有名にならないだろ? 俺練習ばっかで試合してない選手は全然知らねーんだわ」


 紫崎は半ば呆れて、説明し始める。


「……中学シニアリーグ全国大会で、兵庫代表チームの一人だった俺を三打席三振を奪った投手がいた。その投手は全国大会で優勝したんだが、その前の和歌山の県大会でその投手を唯一全打席ヒットを記録した打者がいたんだ」


「おおっ! それが九衞か? つーか、紫崎って全国行ってたんだ!?」


「フッ、当時の俺は八番打者だけどな」


 松渡が説明を付け加える。


「全国大会で優勝したその投手が『全国大会の打者よりも同じ和歌山の県大会で、公式試合をした九衞という選手が一番大会で厳しい相手だった』と述べて中学野球界で噂になっていたんだよ~」


「おおっ! そんなスゲ―選手なら、ウチの野球部戦力また上がるじゃん!」


 陸雄が目をキラキラさせて喜ぶ。


「へぇ、お前ってそんなやべー奴なの? 全国大会いってた紫崎よりすげぇの? 兵庫不遇の天才球児様よりしょっべぇ選手に見えっけどよ?」


 灰田が珍しい物を見る目で、九衞を見る。

 九衞がそんな灰田を可哀想な目で見るような視線を送り、笑む。


「へへっ! ここに入学したのはその錦さんを追ってきたからだぜ! 二年間しかねぇ大森高校野球部であの人と一年間だけ打率対決してぇから、他校の推薦を蹴って親戚の家に居候までしたんだよ! この俺様が来たからには無様なプレイをしない事だな。わかったかね? 鹿児島の田舎猿君っ! ガッハッハッハッ!」


 九衞はそう言って、気持ちの良い大声で笑う。


「うっぜぇ……ちょっと野球できるからってイキリ散らしやがって……」


 灰田が睨む。


「九衞。その錦先輩は……」


 陸雄が話そうとするときに、ユニフォームに着替えてきた錦が走ってこちらに向かってくる。

 来たばかりの中野監督と古川も歩いて近づく。


「―――あっ!」


「どうした灰田?」


 顔を赤らめる灰田に、陸雄が疑問を投げる。


「九衞が増えるから朝練の二人一組一人余るぜ」


「フッ、中野監督か古川マネージャーに手伝ってもらえ」


 紫崎そう言うと、星川がモジモジする。


「えっ!? えぇ!? いや、その! 紫崎君! 女性の体と触れるのは、健全な高校生としては体に悪いですよ!」


「星川君って、スケベなんだね~」


 松渡が横目で、意地の悪そうな笑みを浮かべる。

 陸雄が想像したのか、顔を赤らめる。


「バッカ! 普通に空いた一人はスクワットとかだろ?」


「リクオ。まだチェリー(童貞)なのか?」


 真顔で答えるハインに陸雄はガクッとする。


「あ、あのなぁハイン! 俺は別に―――」


「それくらい中野監督ならやってくれるよ」


 聞いてたのか、近くに来た古川が答える。


「え? …………マジ?」


 陸雄が声を漏らす。


「あの揺れる巨乳を見ながら腹筋しろと?」

 

 声に出した灰田が、想像したのかドキドキする。

 古川が灰田をじっと見る。

 その視線にギクリとして、冷や汗を流す。


「―――だそうです。監督」


 古川が眼をそらして、ぼそりと呟く。


「ちょ! 古川マネージャー! 今の無し!」


「朋也様。私の胸より大きい物は甲子園だろ。そっちを意識しろ」


「中野! んな無理なこと言うなよ! あとゾクッとする視線を送るな!」


「朋也様だぁ~? おい、チンピラ野郎。お前、様づけにさせた上に監督呼び捨てかよ? そんなエロい関係で乳繰り合ってんのか? 田舎者の童貞オナ猿の癖に、ムカつくなぁ!」


「いや、九衞。灰田と監督には理由があるんだよ。灰田は三倍働かなきゃいけないしさ」


 陸雄が説明する前に、中野監督が割って入る。


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