第35話
「いやー、しかし朝練なのに妙に長い時間を過ごした気がするぜ」
教室。
授業の四時間目が始まる前の短い休み時間で、陸雄は灰田に話しかける。
「それに加えて授業も真面目に受けなきゃなんねーんだから、寝てらんねーな」
灰田が陸雄の前の席に座り込んで答える。
席の主から許可は取っているようだ。
松渡と紫崎がやって来る。
「フッ、お前達はまだ硬球に慣れてないから―――力の入れ具合がまだわかってない為に、余計に疲労が溜まってるんじゃないのか?」
「紫崎の言う通りだぜ。俺も打席勝負の時に硬球慣れしてないという言い訳もあるけど、あれは捕手のリード無しの実力差なんだよな…………」
「硬球は今後の練習で慣れていくから問題無いんじゃない~? グラウンドに照明があること考えると、放課後練習は長くなりそうだね~」
二人が立ちながら話す。
灰田がその言葉に顔をしかめる。
「なら帰るの夜になる時間だよな? 過去に甲子園に行ってたから、その実績で部費からの照明はあるみたいだな」
「しかし、灰田ってブランクあるのに練習良くついてこれたね~」
「野球部辞めてから自主練してたんだよ。悪いか?」
「フフッ、未練があったみたいだな。良かったじゃないか? 陸雄に野球部に誘われて―――本望だろ?」
「いや、野球部辞めた後に喧嘩をよく売られてな。だから自主練つってもバットの素振りと気まぐれで始めた空手を…………」
「灰田。生々しくて怖いからその話辞めろ」
陸雄が灰田の話題を変えようとする。
「っていうか坂崎は大丈夫かな? 野球部のハードな練習で今頃参っているんじゃ?」
「今ハインと捕手についての勉強ってメールで送られてたよ~。星川君は打手目線で捕手の考えを聞きたいらしいから一緒に勉強してるってさ~」
「そうなのか、はじめんネットワーク半端ねぇな。しかし二年生がやる気を出して、グラウンド整備してくれたのは意外だったな。古川さんの仕事のボール磨きもしてくれる人が数名いたしな。これは一体どういう風の吹き回しなんだろうな?」
陸雄の疑問に紫崎が答える。
「―――中野監督が動いてくれたんじゃないのか? あの人、兵庫じゃ指折りの強豪高校の監督だったしな」
「「へぇ~!」」
灰田と陸雄が驚いて、顔を合わせる。
松渡が話を続ける。
「僕はよくは知らないけど、古川さんも凄い投球だったね~。女子野球に進めば良いのに、なんでマネージャーやってるんだろう~?」
陸雄が顔を背ける。
錦や中野監督を呼べる鉄山先生、古川の面々を浮かべる。
「―――本当になんで弱小野球部になってんだろうな…………」
「へっ、そりゃ主にあのキモデブと沖縄マントヒヒのクソ共のせいだろ?」
灰田が毒づいて、嫌な顔をする。
「まぁ、あの二人のヘマは錦先輩でカバーしてちょうど良い位だろうな。それより気になるのはそれをさらに埋めるかもしれないセカンドの存在だ」
紫崎の言葉に陸雄は顔を上げる。
「そうそう! 忘れてたけど、もう一人入ってるんだよな? いや~、どんな奴か楽しみだぜ。放課後練習で会えるんだよな?」
「今日の朝練来ない重役出勤野郎がヘボだったら殺してるけどな」
「灰田~。更生出来てないんじゃないの~?」
「うっせえよ! 手ぇ出さねえから心配すんな! 中野が悲しい顔すっからしねぇよ」
陸雄がニヤけながら紫崎を見る。
「紫崎。灰田が中野監督に二年間以内に告る方にカントリーマアム二袋」
「フッ、俺は告って振られて毎晩オカズ妄想してる方に白いダースチョコレート三箱」
「うわっ! 生々しいなぁ」
灰田がその言葉にムッとする。
「おいコラ。何勝手にギャンブルしてんだよ? 上級生の腹イワしたレバーブロー喰らわすぞ?」
「灰田~。暴れる元気あるなら放課後練習で一杯発散して良いからね~」
松渡が灰田の肩をポンッと叩きながらなだめる。
「うるさい! 分かってるよ!」
授業のチャイムが鳴り始める。
「よしっ! じゃあ、お前ら授業の守備位置に付け! 昼は学食行こうぜ! 居眠りする奴は学食の一番高いメニューを奢る刑だからな」
陸雄の言葉に三人は席に戻る。
(セカンドの部員、マジで誰だろうな~? そいつと甲子園で優勝する絵柄を想像すると楽しみだぜ~!)
陸雄はウキウキしながら、数学の授業を受ける。
(陸雄。楽しそうだな~。クラスの女子とも打ち解けたばかりの私と違って、もう何人かの男子の間で話の中心になってる)
清香は羨ましそうに眺めながら、ノートと教科書を開く。
※
今日の授業が終わり、部室で錦以外の一年生がジャージに着替える。
「坂崎。スパイク買ってきた?」
陸雄の疑問に坂崎は頷く。
「ひ、昼休みにお姉ちゃんが持ってきてくれた。きょ、今日から履けるから大丈夫」
「おっ! いいじゃない! ナイス姉ちゃん! 後はみんなでユニフォーム買うだけだな」
「みんな~、中野監督が来る前に体操とキャッチボールしとこうか~?」
「松渡の意見に俺も賛成だな。ついでだ、守備練習もしよう」
紫崎の受け答えに着替え終わったハインがバットを持つ。
「それならノックは誰がやる?」
「ハイン君。僕にやらせてください。昼休み中の捕手の話で打てるビジョンが見えて来ました。ノックではなく実戦形式の打席練習しましょう! 陸雄君のストレートを打ってみせます!」
星川がバットをハインから受け取る。
「星川君。この前の打席勝負では俺はああだったけど、今回は抑えるからな」
「はいっ! 望むところです!」
「フッ、捕手のリード無しのストレート勝負なら先は見えてるけどな」
そう言って、紫崎がジャージを着替え終える。
「ならサードは僕がやるから~、坂崎は星川君の代わりにファーストしといてくんない~?」
「い、いいよ。あっ、グローブ変えないとね。ほ、星川君のグローブ借りて良い?」
「良いですよ。坂崎君のサブポジ練習に使えるなら僕のグローブも喜んでくれますよ」
「よし、みんな着替えたみてぇだし、行こうぜ!」
灰田の言葉で全員が部室から出る。
鍵は陸雄が貰って来たので、部室を締る。
※
体操とそれぞれのメンバーが交代でキャッチボールを終える。
全員が守備位置について、陸雄はハインと投球練習をする。
何球かストレートを投げた後に、星川が打席に着く。
「よしっ! 準備出来た。じゃあ投げるぞ!」
周りの学生たちが野球部の練習光景を物珍しそうに見る。
「あれ? 野球部全員練習してるぜ? 去年までしてなかったのに」
陸雄達は視線に気づかずに集中する。
セットポジションで投げ込む。
軸足を投手板に置き 両手でボールを保持して体の前で止め、いったん静止した姿勢から投球する。
ボールを握る腕を力を余り込めずに振り下ろす。
真っ直ぐのストレートが矢のように飛ぶ。
まだぎこちないフォームでイメージした投球とは違っていた。
(―――捉えた! ここで振る!)
星川がバットを下に振り上げる。
カキンという金属音が聞こえ、ボールはライトスタンドに飛ぶ。
「うっそ! また打たれた!」
陸雄がライト線を見ると、ユニフォームを着た男が走っていた。
ジャージ姿のセンターの灰田ではない。
バウンドしたボールをグローブで捕球すると、返球のフォームになる。
投げると同時に帽子が空中に飛ぶ。
ボールは中継せずに勢いを増したまま、ハインのミットめがけて飛ぶ。
パシンッという音が、捕球したミットに響く。
遠投でありながら、セカンドから投げたような衝撃にハインは驚く。
「―――良い肩をしている」
ハインが思わず声を出す。
「へぇ、俺様のボールをしっかり受け取めるとは中々やるじゃん」
ライトの守備位置にいるユニフォームを着た男がそう言って、顔を上げる。
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