第25話

「陸雄。最後のハインで何投げて良いか解らなくなったかもね~」


「あっ、錦先輩の前の打席で打たれたボール拾って、投げてくる」


 灰田がそう言って、走り出す。

 陸雄は唖然としていた。


(何だよこれ! 訳分かんねーよ。なんで、どの変化球も打たれるんだ?)


 陸雄が汗を流している間に、灰田が外野手においてあるボールを拾う。

 そしてマウンドの陸雄めがけて、遠投する。

 投げられたボールはセカンド前にバウンドして、転がる。

 古川がそのボールを歩いて、グローブで拾う。

 陸雄にボールを投げずに―――歩いて、渡す。


「次で最後だから―――」


 そう言って、古川はマウンドの傍に立つ。

 ボールをグローブで受け取るとバッターボックスに目を向ける。

 そこにはハインが打者用ヘルメットを被り、右打席に立っていた。

 中野監督が声をあげる。


「坂崎は腕を休める為に保留だ。これで最後だ―――プレイッ!」


(落ち着け。落ち着くんだ。まだ投げてない変化球が残ってる)


 投球モーションに入る。

 フォーシームのストレートを勢いよく投げる。

 回転の良いボールが坂崎のミットの真ん中に入る。

 ハインは目で追って、見逃す。

 坂崎がボールを落とさずに捕球する。


(ふぅ―――打たれなかったっか。まぁ、任意で打っても良いコースだし―――)


 返球でボールをグローブでキャッチする。

 次の球を決めているのか、変化球に握りを変える。


(次はこいつで―――決める!)


 左足を上げて、投球モーションに入る。

 ゆっくりとボールを手放した。

 速度の遅いボールが、ハインの傍まで飛ぶ。

 やがてボールが、ハインの手前で下に落ちた。

 パスッという音がミットに聞こえる。

 それはチェンジアップの変化球。


(よっし! ストライクだ! あと一つ!)


 坂崎から返球でボールをキャッチする。


(次は外角低めに投げよう。さっきと同じ変化球に―――投げる!)


 素早く投球モーションに入る。

 同じチェンジアップを真ん中より下の時は違い。

 外角低めに投げる。

 コントロールはやや悪いが、ストライクゾーンに入るコース。

 そして外角低めにボールが落ちる時。

 ハインはフルスイングする。

 タイミングはバッチリだった。

 まるでそこに来ることが分かったていたようにバットの芯に当たる。


「そんなっ!?」


 陸雄が思わず声をあげる。

 カキンッと言う音と共に、ボールは打たれる。

 打球はグングン伸びて、グラウンド外の校舎の壁にぶつかる。

 ホームランだった。


「―――ゲームセット!」


 呆然とする陸雄に中野監督は手をあげて、そう言った。



「中野監督! もう一回やらせてください! 次なら三振に出来ます!」


 陸雄がマウンドから降りて、打席にいる中野監督に話しながら―――近づく。


「岸田―――まだこの打席勝負の意味が解ってないようだな。投手とは何か考えたことはあるのか?」


 投手とは何か?

 突然の質問に陸雄は黙る。

 しばらく考えて、陸雄なりの答えを言う。


「えっと、そりゃあ点を抑える仕事ですよ。得意球を投げて、打たれない方向に正確に投げれば―――抑えられます」


 中野監督は一息つくと、松渡が手をあげて割って入る。


「中野監督、ちょっといいですか~」


「なんだ松渡? お前まで岸田と同じことを言うつもりか?」


「いいえ~。捕手のリードと今日の投手の調子が解らないとゲームが動きませんから、違います~」


「ほう。松渡は解っているようだな。よし、なら岸田。打席に立て―――それから捕手はハイン。お前がサインを決めて松渡と投げろ。初球はストレートではなくても良い」


 中野監督は坂崎に防具を外せと言って、外した防具をハインに渡す。


「解りました。ハジメとサインを決めていきます」


 防具を持ったハインとグローブを付けた松渡が、屋根付きの簡易な一塁側のベンチに移動する。

 陸雄が金属バットをスイングする。


「監督。俺の中学の打席三割一分ですよ? 二刀流でもあるんですからね」


「ならなおさら、ハインと松渡に打たれないだろうな。仮に打たれたとしても公式で勝てなくなるだろう」


 打者用ヘルメットを被った陸雄が、無言で打席に立つ。

 下方向、上方向、そして真ん中に順番にスイングをする。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る