第24話
打者ヘルメットを被った松渡が、左打席に立つ。
陸雄は緊張し始める。
(また初球打ちか? いや、試合じゃなくて、これは練習。打たれてもしょうがない。よし、左打席なら真ん中にスライダーを投げても―――左に曲がって、バッターの内角に入る。二球目は別の変化球で行こう!)
陸雄がスライダーの握りをストレート変える。
足を上げて、振りかぶる。
(速球なら真ん中でもタイミングが合わずに打ち損ねる―――はずっ!)
腕を地面に叩きつけるように振る。
途中でボールを指先から離し、ストレートを投げる。
球威は最初の投球から上がってきていた。
松渡は目で球を負って、バットを振らない。
バシッと言う音がミットに響く。
「痛たたっ……」
坂崎が受け止め損ねる。
ミットからボールを落とす。
「わりぃ坂崎。腕大丈夫か?」
「う、うん……なんとか……」
ボールを拾って返球する。
(次はスライダーじゃ、打たれるかもしれない。左打席だし、あえて別の変化球で投げるか!)
硬球の握りを変える。
左足を上げて、振りかぶる。
地面にしなるように投げ込む。
(こいつで―――どうだ!)
松渡が構える。
打席前でボールが変化した。
ボールが右に落ちながら曲がっていく。
カーブだった。
坂崎が取り損ねる。
ボールを取りに、後ろに歩いていく坂崎を見て―――呼吸を整える。
松渡が構える。
(なるほどね~。次の球。解っちゃたかな~)
坂崎から返球を受けて、すぐに投球モーションに入る。
(ボール球になるアウトコースから―――左に曲がるスライダーでアウトにする!)
左足を上げて、腕を振る。
ボール球のコースに球が飛ぶ。
打席の手前で左に曲がる時。
松渡はバットをフルスイングした。
(―――打たれる!?)
カキンッと言う音で、左方向に流し打ちされる。
「うっそ―――! な、なんで?」
陸雄は思わず、打たれた方向に顔を向けて言葉を漏らす。
「―――よしっ! 次っ!」
中野監督はそう言って、ネクストバッターを見る。
陸雄が息を切らしながら、疑問を浮かべる中で―――右打席に打者用ヘルメットを被った錦が立つ。
(どうする? どうすれば良い? スライダーが立て続けに打たれた。もう投げれない)
不安になりながら、投球モーションに入る。
全力で腕を振り、地面に叩きつけるように指をボールから離す。
先ほどのストレートより、遅い球が錦の目の前に迫る。
(あっ! 力み過ぎた! 真ん中より下になる!)
錦はバットを動かさずに見送る。
キャッチャーミットにパンッという音が聞こえる。
坂崎が初めて、捕球する音だった。
「坂崎、ナイスキャッチ!」
陸雄がグローブを上にあげて、左右に振る。
今の捕球で多少のリラックスが出来たのだろう。
捕球した坂崎も最初は驚いていたが、喜びを感じた。
「へ、返球するね」
坂崎がボールをマウンドの陸雄に投げる。
パスッという音がグローブに響く。
(よし、次はまだ打たれていないカーブを投げよう)
錦が下を向いて、ブツブツと何か小声で独り言を言っている。
近くの坂崎にも聞き取れなかったが、すぐにバットを構える。
(真ん中より上にカーブを―――投げる!)
ボールをカーブの握りにして、左足を上げる。
そのまま足を地面に踏みつけて、投球する。
投げたボールが―――錦の手前で、高めに右に落ちながら曲がっていく。
その時だった。
錦が素早く力強いスイングをする。
高めの右に落ちていくカーブ球の芯をバットが捕える。
そのまま引っ張るように、ボールは上空に上がっていく。
陸雄は打たれたボールを見上げていく。
グラウンドを越え―――場外にボールが飛んで行った。
「す、凄い! ホームランですよ!」
星川が唾を飲み込んで、声をあげる。
「兵庫不遇の天才球児―――噂以上の怪物だぜ。だからこそ、プロを目指さないのが腹立つな―――」
灰田が腰に手を当てる。
「スタメンは錦先輩が四番になるだろうな」
紫崎がそうぼやく。
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