第12話

「だから行かねーよ! お前だけで行って来いよ!」


 放課後の教室。

 灰田の言葉で、陸雄は入部もしていないのに勧誘を続ける。

 その中には紫崎や松渡もいた。


「俺らでてっぺん目指そうぜ! 俺とはじめんが投げて、紫崎と灰田が点を取って守れば―――甲子園に行ける!」


「そんな甘いもんじゃないと思うけどな~。それに守ればって、打たれてるじゃん~」


「陸雄。考えさせてくれ……今日は用事があるんだ」


 紫崎がそう言って、鞄を持って帰る準備をする。


「おう、明後日でも良いから来いよな~。待ってるぜ。お前だけが俺のストレートをツーベースヒットしたの覚えてるからよ」


「…………」


 紫崎は無言でドアを開けて、下校した。

 灰田が鞄を同じく持つ。


「なあ、それ少年野球の話だろ? 紫崎がすげーかどうかはともかく、昔と今じゃ違うだろ? 夢見るのは勝手だけど、ゲンジツ見ろよ?」


「じゃあ、俺が先に野球部に行って来るぜ。先輩たちにお前ら来ること言っとくから」


「だから、話聞けよ! ああっ! ったく! 俺は帰るぜ! 勝手に野球でも甲子園でもやってろよ!」


「僕も帰るね~。おばあちゃんとおじいちゃんが家で待ってるから~」


 灰田と松渡も帰っていく。


「陸雄。紫崎君達、帰っちゃったね。お昼過ぎだけど、野球部見に行くの?」


 清香が中学の友達の話の輪から一度外れて、陸雄にお昼ご飯代を渡して問いかける。


「ああ、マクドナルド行く前に、練習始めてるだろうから見に行く。じゃなきゃ、職員室で入部届出してくるよ」


「じゃあ、私、今日出来た友達とカフェに行くから、夕方までには帰るんだよ」


「おう。わかったよ。じゃあな」


 陸雄は下校する清香にそう言って教室を後にした。


「さてと、先輩がどんくらい強いか確かめてみるかな。その前に入部届出しに行くか」


 陸雄は職員室に向かう。



「俺が野球部顧問の鉄山(てつやま)だけど……えっ、君本当に野球部に入るの?」


 顧問の先生が職員室で入部届を受け取りたいという申請に珍しがる。


「はい、野球部に入って三年以内に必ず甲子園に行きます」


 陸雄はまっすぐ顧問の鉄山先生を見つめてそう言う。


「んー、甲子園なら西宮市が近いから、電車で乗り換えれば、着くけどさぁ。野球部入れるのは規則で、二年間だけだし―――試合に出れないかもしれないよ?」


「中学までは軟式で野球をしていました。県内ベスト8の実績もあります。初心者というわけではありません」


「そういう意味で言ったんじゃないけどなぁ。まぁ、いいや。じゃあ明日俺の代わりにマネージャーが案内するから、そいつに着いていってね。明日また職員室来てね」


(なんか緩いというか、無責任っぽい先生だなぁ)


「あの、グラウンドで練習してるんですよね?」


「ああ、今日は入学式だから一応自主参加かな? 錦一人だけど思うぞ?」


「錦? 誰です。その人?」


「ん~。スマホで『兵庫不遇の天才球児』で検索すれば出てくるぞ」


「―――そんなに凄い人なんですか?」


「ここ職員室だから、家で検索してね。じゃあ、今日はもう帰れ。新入生が遅くまでいるのは校内風紀としてあまり良くない」


「わかりました。部活動見学は明日にします」


 陸雄は入部届の紙を貰って職員室を後にした。


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