第13話
「―――あっ!」
「げっ!」
夕方のハンバーガー屋。
とんかつビッグマックバーガーを食べている灰田と陸雄が席で鉢合わせた。
「……また勧誘か?」
「いや、そうじゃないけど……ただ知り合いと会ったのに、別々の席で食うのも何だろ?」
「―――わかったよ。そこ座れよ」
「おう、悪いな」
二人は黙々と同じメニューを食べる。
「なぁ、灰田」
「あん?」
「兵庫不遇の天才球児って知ってるか?」
「なんだそりゃ? 俺、中学一年で野球辞めたから、高校野球界どころか最近の中学野球界もさっぱりだぜ」
「顧問の鉄山先生に聞いたんだけど、野球部にその天才がいるらしんだ」
「……親父の野郎。野球の弱い無名校に入学させるって言ったのに、そんな奴のいるとこ受験させたのかよ……」
「なんか言ったか?」
「いや、別に―――変な話だなっと思ってな」
灰田はとんかつビッグマックバーガーを食べ終える。
「何が変なんだよ?」
「高校の部案内のパンフ見てねぇから知らねえけどさ。大森高校野球部って、最近のスポーツテレビ番組でも聞いたことねぇぞ。そんな奴がいるなら決勝とか行って、今頃有名になってるだろ?」
「兵庫は激戦区だから、一回戦で強豪校に当たって負けたとかじゃないか?」
「そうかぁ? 単にそいつも含めて、よえーだけじゃねぇのか? 兵庫不遇の天才球児なんてスター選手がいるなら、今のネットでも話題になってるだろ?」
灰田が自販機で買ってきたコーラを―――鞄から取り出し、店内で飲む。
「ちょっと調べてみる」
陸雄はスマホで検索してみる。
大森高校野球部の検索があったのは数十件だけだった。
十年前の優勝旗を持った野球部の画像とニュースがあった。
「灰田。十年前にドミニカ留学生がキャプテンとして甲子園準優勝してるぞ」
灰田が空になったコーラを鞄にしまう。
「へぇ、県外の外国人選手でも海を渡った外国人選手のチームか―――で、兵庫不遇の天才球児様ってのは見つかったのかよ?」
「あっ、動画であるぜ。灰田も動画見ろよ」
「自分のスマホで見るからワード教えろ」
大森高校野球部所属、兵庫不遇の天才球児。
錦睦己(にしきむつき)インタビュー動画。
その動画を再生するとソフトモヒカンの髪型の少年が映っている。
「あっ! この人。今朝のランニングの時に練習してた人だ!」
「へぇ……いかにもスラッガーって感じの体格だな」
錦はマイクに向かってインタビューをしている。
プロ野球選手になりたいですか?
という項目についてコメントしているようだ。
その第一声が衝撃的だった。
「なりたくてもなれません」
灰田は押し黙る。
陸雄は何故っという疑問を持つ。
動画の錦はコメントを続ける。
「プロ野球界は長く続けられる選手はとても少ない。それを僕なんかが選手になったら、きっと長くやるとしても通用しないでしょう」
陸雄は否定的な錦に、なんで諦めているのか追求したくなる。
インタビュー動画は続く。
「これは一個人の意見なので、他の選手は違うかもしれません。何も全ての選手がプロ野球選手を目指すな、とは言ってません。ただ僕はやっていける自信がないだけです」
(どうして無いと言い切れるんだ? やってみなきゃ分からないのに!)
陸雄はハンバーガーを持つ手を強く握る。
強い握力でバンズからソースがこぼれる。
「裕福な家庭に生まれていることは自覚しています。こうして多くの人が僕に注目してくれることは幸せですし、とてもありがたいことです」
灰田の顔が険しくなる。
「ですが僕はそんな大した人間ではありません。今は地元兵庫の高校で、校長として経営しているおじいちゃんの学校で進学します。そして家でいつものように親孝行を続けたいです。好きな野球を続けながら、大学に向けて勉学に励み社会に貢献したい、それだけです」
インタビュー動画はそこで終わった。
「「…………」」
ハンバーガー店内で互いに無言が続く。
一人は沈み込むような顏をして、もう一人は今にも怒鳴りそうな顔をしている。
異様な空気。
ただ食事を楽しみたい。
そう思っている周りのトレーを持った客が、怪訝な視線を二人に送る。
それを無視して、陸雄は他のサイトも調べる。
「灰田、これ……」
ネットで調べてみると、現代高校野球選手辞典と言う非公式のサイトが見つかる。
陸雄は灰田にスマホで見せる。
書いている項目は以下の通りだ。
錦睦己。
中学から高校一年にいたるまで高い打率を誇るスラッガー。
小学校時代は平凡な打率だったが、中学シニアリーグで日本代表に選ばれる実力の持ち主。
シニア出身の硬式経験者。
その強い打率から、プロスカウトが注目している。
だが、肝心の大森高校が弱すぎるため、一回戦負けが確定している。
他の打者が塁に出ないくらい貧打なので、最高四打席でも頑張ってもホームランで四点しか取れない。
去年の大森高校の公式試合は、錦の四点本塁打が入るも一回戦コールド負け。
投手が打たれまくるので、常に大差で負けている。
そのせいか兵庫不遇の天才球児と言われている。
「―――これで、全部か?」
「あ、ああ―――」
「…………」
「灰田? どうしたんだ?」
「―――陸雄。野球部に入部してやる」
「えっ?」
「こいつの考え方が気に入らねぇ。天才だと言われているのに、どうしてそんなふざけたことが言えるのか知りたくなった」
「灰田っ! とりあえず入部の事はありがとう!」
「感謝するのは早えよ。甲子園行かせれば、そいつも納得してプロ野球選手を選ぶだろうよ。俺も野球続ける気が無かったが、やり直してみるか」
灰田はそう言って席を立つ。
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