第8話
最後の練習はいつも通りで、監督からハインがアメリカ行きの話をされる。
チーム全員がハインに一礼する。
ハインの家まで行ったのは―――陸雄と乾、他数名だった。
「―――ハイン!」
タクシーに乗る前に陸雄が呼び止める。
「これ、甲子園に行くことになったらハインにあげるためのボールだったんだけど、今あげるよ!」
そう言って陸雄は、油性マジックで自分の名前を書いた軟式の白球を渡す。
ボールを見るとやけに綺麗な字体で、こう書かれていた。
『きしだりくお。ハイン・ウェルズ。いっしょに野球をする』
ハインは渡された軟式のボールを強く握る。
「―――大事にするよ。リクオ、二ホンで甲子園目指せよ」
「うんっ! このボールに誓って約束するよ。その先に野球をするハインと僕がいるから!」
ボールをしまうと、ハインは陸雄に握手した。
体温は冷たいが、力強いキャッチャーの手だった。、
だが―――手を離す最後は、優しくゆっくりと紐解くように握手を終えた。
その後、ハインはチームメイト達に握手する。
陸雄は昨日泣きに泣いたのか、目に腫れが残っていた。
最後にキャプテンである乾との握手で、ハインに呟く。
「ウチのかーちゃん。中学上がるまでスマホ持たせないんだわ。わりぃ、連絡取れねぇな。でもまぁ、中学行ってもほっといても俺もあいつも野球続けると思うぜ」
「気にするなよ―――キャプテン。最後の公式試合、決勝まで行けなくて、すまないな」
乾はハッと笑って、ハインの手を軽く叩く。
パシッという音が立つ。
「配球指示誤ったと思い込んでる捕手が、キャプテンに負けた責任を代わりに取るってか? 生意気だぜ。そんなもん俺が全部取るから、お前はアメリカの生活の事だけ考えてろよ。ちゃんとワサビ入りの寿司食えるようにしとけよっ!」
ハインがニコリと笑顔を見せる。
「ああ、ジョウの好きな寿司をアメリカのみんなに紹介するよ。そしてお前たちと共に歩んだベースボールをアメリカで語る」
キャプテンである乾の下の名前を呼んで、二人は無言になる。
初めて会った時にしか呼ばなかった乾の名前。
乾は出会った頃をを思い出し、懐かしんで空を見上げる。
青空は今日も爽やかな風が吹く。
空の上にはチームの思い出の映像が、キャンパスのように映っては消えていく。
「本当に楽しかった―――良いチームだぜ」
「ああ―――全くな―――」
やがてハインの両親がタクシーに乗る。
それを合図に、ハインも乗る。
「みんな、さようなら」
ハインは窓越しからそう言って、窓を閉める。
陸雄は涙を拭き。
ハインの乗った家族連れのタクシーを―――最後まで見送る。
「陸雄。男が言ったことだ。約束守ろうぜ! まずは甲子園に行くために、そしてメジャーリーガーになるために練習だぜ!」
乾は陸雄の肩を叩く。
「……うんっ!」
陸雄は今以上に野球に打ち込むことを決意する。
そして中学野球を通して、高校野球に挑む日がやってきた。
回想は終わり、一人の高校球児の物語は始まる―――。
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