第7話

 陸雄はチームの集まる場所に移動する。

 途中でスポーツドリンクをくれた紫崎に話す。


「アクエリアスありがとう。次の試合頑張るよ!」


「順調にいけば準決勝試合の相手は、俺の兄貴のいるチームだ。すげえ強いぜ」


「そ、それでも勝つよ」


「それ兄貴に伝えておくぜ。監督呼んでるから、じゃあな!」


 紫崎はそう言って、相手監督の選手が集まる場所に移動する。

 乾が後ろから陸雄の肩をポンっと叩く。


「今日の試合―――僅差だけど勝ったな」


 乾が満足げに陸雄に話す。


「みんなのおかげだよ」


「俺は来年卒業だけど、陸雄も再来年に中学上がっても、野球続けろよ」


「―――うんっ!」


 陸雄の中で野球は大事なものに変わりつつあった。


「俺―――高校生になったら、甲子園に行くんだ」


 乾は初めて陸雄に自分の夢を話す。

 甲子園。

 その言葉で陸雄はいつかのテレビでみた球児たちを思い出す。

 あのテレビ越しの場所に行くと言う乾の言葉に、強く関心を持つ。

 高校球児の約束の場所。

 いつかニュースで見たその文字列に、陸雄は胸が震える。

 そんな中で乾は話を続ける。


「そのためにも中学のシニアから、全国大会に選ばれる実力つけなきゃいけない」


 乾は遠くを見るような目で青空を眺める。


「僕も行きたいなぁ……」


 空を見上げた乾が陸雄に視線を向ける。


「俺、進学校の中学行くから、陸雄とは高校は違うかもしれないけど―――これだけは言える―――甲子園行けるのは兵庫県でも一校だけだぜ。行けば今より野球楽しくなるぜ」


 その目には夢を持つ少年の強い心が宿っていた。

 熱に浮かされた陸雄は、自分もっと言葉を告げる。


「なら僕―――絶対に行きたい」


「高校上がったら勝負して―――どっちが行けるか競争しようぜ」


「わかった―――約束だよ」


「ま、その為には実力見せるために、次の公式試合の二回戦頑張ろうな」


 ハインが二人の元にやってくる。


「二人とも何の話をしているんだ?」


「ああ、ハイン。実はな……」


 乾が説明する前に監督から集合の声がかかり、会話が中断される。

 三人は無言で選手集合場所に駆け付ける。 



 陸雄がスタメンとして活躍している時に、ある衝撃的な出来事が起こる。

 五年生の終わりの時期に、それは突然ハインから告げられる。


「小学校卒業する前にパパがアメリカに帰ろうって言うから、さよならリクオ」


 練習終わりの―――乾を含めた、いつもの三人での帰りの事だった。

 ハインの言葉で、陸雄は現実を受け入れらずにいた。

 手からは軟球を握る力は残っておらず、ボールを地面に落とす。

 乾はそのことを既に聞かされているのか―――陸雄の顔を見て、静かに目を瞑り、下を向き表情の影を濃くした。

 三人は夕日の河川敷に立ち止まり、一人の少年の体が震える。

 陸雄の頬から涙が伝う。


「僕もアメリカに行くよ!」


「……どうやってだ? もう二ホンに来ないかもしれないし、リクオがアメリカに住む理由がない」


「メジャーリーグだよ! ハインが野球続けて、渡米した僕と一緒にチームを組もう!」


「二人で―――メジャーリーガー?」 


「うん。僕、ぜったいにハインをキャッチャーとして迎えに行くから! アメリカ行っても、野球続けてよっ!?」


 陸雄は夢を抱いて、希望を持たせるようにそう言う。

 だが、ハインは―――そんな同い年の子供の涙の奥に、大きな野望が宿っている瞳を視た気がした。

 それを一瞬の錯覚に思い込む。


「…………」


 現実を知っているハインは、答えずに無言のまま俯く。

 そんな中、乾はハインに無言で帽子を脱いで一礼する。

 彼なりの別れの動作だった。


「二ホンを離れるのは明後日だから、オレの親戚の家にチームで集まってくれ」


「…………うんっ! ぼぐ、かな、らず…………ぐるっ! えっぐっ! ううっ……!」


 陸雄の顔は、乾と初めて会った時とは違う涙を見せていた。

 鼻水だらけのクシャクシャになった折り紙の様な、今にも崩れそうな泣き顔。

 乾が無言で陸雄の肩を叩く。


「明後日、練習後にハインの親戚の家に集合なっ! チームメイトだからな、時間を守れよ! キャプテン命令だ」


 乾の言葉でハインはフッと笑って、自分の代わりに泣き続ける陸雄にハンカチを渡した。


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