第2話

 店舗の顔である小上がりの一階の奥の間がたまきの生活空間である。

 卓袱台ちゃぶだいの上で食事をとり、布団の上で寝起きする。テレビはなくてラジオだけ。時代錯誤だという自覚は環自身にもあったが、好きでそうしているので不便はない。

 卓袱台の上に盆に乗せたどんぶりを置く。

 かつおぶしで出汁だしをとった温かい汁にねぎを散らしただけの単純なかけ蕎麦。

 いつもならこれだけで済ませてしまうが、今日は一年の最後の日である。自分とこの家へのねぎらいの心を込めて、もう一皿。天麩羅てんぷら付きで。

 冷蔵庫の残り野菜を刻んで桜海老を少し混ぜただけのかき揚げだが、華美とは無縁の環にはこれで十分ご馳走である。かぶりつき甲斐のある大判で揚げたものの、盛るのに良い皿が食器棚になかったので、二階で見つけた大皿が早速役に立った。ついでに塩漬けにしていた豆腐を小鉢に添えれば、一杯やりながら新年を迎えるのに丁度良い。


「今年もお疲れ様でした」

 環は座布団の上に腰を下ろすと、小さな写真立ての中で微笑む祖父の遺影に猪口ちょこを傾け、手酌した清酒をぐいとあおった。

 知り合いの鑑定家にもらった酒だが、なかなか美味い。癖がなく水みたいに飲めそうだ。

「先生にも今度お礼を言わなきゃな」

 酒の美味さが残る口のまま、揚げたてのかき揚げにかぶりつく。香ばしさと共に歯に響く食感。そして野菜の甘みと桜海老の塩味が広がる。そこへ酒をもう一口。

「はあ、うまい」

 我ながら上手く作れたものだと環は心の中で自画自賛した。

 蕎麦をすすりながらかき揚げを汁にひたしてかじったりしていると、身体も温まり、腹も満たされていく。

 ラジオから流れる大晦日おおみそかの歌番組に、もはや環の気は集中していない。手酌酒と塩漬け豆腐で緩々ゆるゆると酩酊にいざなわれる。


 つまみにして食べきってしまうかと思ったが、かき揚げが一つ残ってしまった。十分満腹になったので、今夜はもう入りそうにない。明日、飯に乗せてかき揚げ丼か、もしくは天茶にしても良いかもしれない。満腹だというのに、味の想像をしたら唾液よだれが出てきた。環は贅沢することよりも、あるものをやりくりして美味いものをこしらえることに喜びを見つけるたちの人間だった。そうやってめしの予定をうつらうつらと思い描いているうちに、酒精アルコールほてった身体は眠りの途についた。

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