新年、骨董屋にて

毛野智人

第1話

 陽が落ちてしまえば、とびきり冷たい空気があっという間に大晦おおつごもりの夜を連れてくる。

 坂の途中にたたずむ古民家の瓦屋根の色は、既に元の瑠璃色から濃紺へと沈んでしまった。二階の窓から電灯の明かりが漏れる。中には藍染の作務衣姿でがさごそと棚の中を検めている青年が一人。

 年末から三が日にかけては仕舞われているが、常ならば坂道に面した家の入口には、『骨董こっとうたまき』と記された木彫りの看板が立ててある。民家を改装したこの骨董店の主人こそ、年の瀬の最後の仕事に追われる彼である。たまきというのが彼の本名なのか、それとも単なる屋号なのかは判然としない。ただ、彼と知己の者は皆、彼を環と呼んだ。

 凡庸ながらも清潔感のある容貌は古物ふるものを相手にするばかりでは勿体ない気もするが、彼をこの生業なりわいからけさせることのできる女性ひとがあるわけでなし、彼もまたこの暮らしを受け入れていた。古物どもの世話と寝起きの繰り返し、それを続けてまた一年が過ぎようとしている。


 棚の最下段をあさり終えると、環は立ち上がって伸びをした。

「ないなあ」

 ため息混じりに呟いて、環は首をひねる。

「ありそうなものだけれどなあ」

 屈んで別の棚を覗き込む。

 季節の品や買い手のつきやすい品を一階に展示しながら売っているが、そのほかの品や希少価値の高い品は二階に保管されている。元々は環の祖父が趣味で集めていた骨董品が在庫の大半を占めていたが、今では縁あってこの店に流れてくる品も増えた。

 新年を祝うため一階に飾るに相応しい逸品はないかと二階のコレクションを見にきたが、環の予想以上に選別は難航していた。


「お祖父様ならきっと持っていたと思うんだけれど……」

 環は呟きながら床に膝をつき、下段の桐箱を取り出して紐をほどく。

 蓋を開けると、古伊万里こいまりらしい染付そめつけの大皿が現れた。

 竹林図だろうか。しかし、絵の構図がやけに寂しい。

 皿を縦に切る竹の線は中央を外していて、竹林が絵の主題とは思えない。余白を多く取る意匠の品も勿論あるが、それにしてはアンバランスな配置に見える。

 細かいことを気にせず料理を盛るにはちょうど良いかもしれない。これはこれで普段使いにしてしまおうと環は箱を抱えて立ち上がる。


「だめだな」

 見つからないときは見つからない。

 見つかるときは意外なほどすんなり見つかる。

 骨董との出会いには不思議な縁があるのだ。物の方でも持ち主を選んでいる節があって、相応ふさわしいときに、相応しい人の前に現れる。

 経験上、無理に探しても収穫がないと環はよく知っている。

 今は諦めて年越し蕎麦でもでることにする。

 階下へ行くと、戸口の隙間から入り込んだ冷気が肌に触れて思わず身震いした。

「あったかいのにしよう」

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