第113話 見慣れた光景のはずなのに…

「どうしたの?ぼ〜っとして。飲みすぎたの?」


「そうよ?さっきからずっと声かけていたのにジョッキ持ったまま身動きしないんだから」


奈々と綾香が口々に言う。


「え?ジョッキ?」


見ると私は右手にビールジョッキを手にしていた。


「嘘?いつの間に?!」


慌ててテーブルの上にジョッキを置いた時、パサリと髪が前に垂れる。それは黒髪だった。


「え…?黒髪…?」


「ねえ、どうしたの?美咲。本当に変よ?」


奈々が心配そうにこちらを見ている。


「あの…私って…黒髪だったかしら…?」


私の髪はウェーブのかかったストロベリーブロンドじゃなかっただろうか?


「ちょっと、大丈夫?お酒の飲み過ぎで意識が飛んじゃったの?」


綾香が身を乗り出してきた。


「う〜ん…そうかも…ちょっと…お手洗いに行ってくるわ」


無性に鏡を見たくなった私はガタンと席を立つと2人に言った。


「大丈夫?ついていってあげようか?」


奈々が声を掛けてきた。


「あ〜大丈夫、大丈夫。1人で平気だから」


そして混雑する店内をフラフラと歩きながら辺りを見渡した。


背広姿のサラリーマンや仕事帰りのOLの様な人たちばかりだ。店は何処にでもある和風の大衆居酒屋で楽しげに飲んで騒いでいるお客たちでごった返している。見慣れた光景だったはずなのに…何故だろう?無性に懐かしく感じるのは…。



「これが私の顔…」


鏡の前には私…美咲が映っている。黒髪は肩よりも少し長く、ストレートヘア。目はぱっちりと大きく二重。落ち着いた化粧で…うん、多分うぬぼれでは無く、美人の部類に入るかもしれない。

現在、25歳。小さな商事会社で総務課勤務。東京都内の1DKマンションに一人暮らし…だったはず。自分のプロフィールを頭に思い出す。


「今日は久しぶりに中学の友人たちと待ち合わせをして、仕事帰りに居酒屋に立ち寄った…。うん、確かそうだったはず。よし、大丈夫!」


パチンと両頬を手で叩く。


「2人のところに戻ろう」


そして私はお手洗いを出た―。




****



「ふ〜…飲んだ、飲んだ…」


ショルダーバッグをブンブン振り回しながら友人たちと店を出た。


「ねぇ、後半すごくピッチ上げてお酒飲んでいたけど大丈夫なの?」


奈々が背後から声を掛けてくる。


「大丈夫。へーき、へーきだってば。楽しかったからつい、飲みすぎちゃって。こんな風に友達と話すの久しぶりでさ」


する奈々と綾香が妙な顔をする。


「え?だって美咲って友達沢山いるじゃない」


「そうよ〜毎週末、色々な友人達と会ってるからって、ようやく私達と会う時間が取れたくせに」


「え…?」


そうだった。私はこのでは友人が沢山いたんだっけ…。


でも…何だろう?ものすごく違和感を感じる…。


「あ〜また、ぼ〜っとしてる。ねぇ、家まで送ろうか?」


綾香が背後から声を掛けてきた。


「ううん、大丈夫だよ。でも心配してくれてありがとう。それじゃ、私こっちの駅だから」


「うん、それじゃまたね」


「ばいば〜い」


奈々と綾香に大きく手を振り、私は1人大勢の人々が行き交う雑踏の中を歩き始めた。周りは高層ビル群が立ち並び、車が道路を走っている。


いつも見慣れた光景のはずなのに…何故だろう?すごく懐かしく感じる…。



その時―。


ドンッ



前から歩いてきた男性に勢いよくぶつかり、思わず後ろに倒れそうになった。


「キャ…」


声を上げそうになった時―。


「危ないっ!」


腕をつかまれ、引き寄せられた。


「あ…」


気付けば私は見知らぬ男性に抱きかかえられていた。


「大丈夫ですか?」


上から声が降ってくる。


「あ…は、はい。大丈夫です…」


ゆっくり顔を上げて心臓が止まりそうになった。


そこには明るい髪色をした、とても美しい青年が私をじっと見下ろしていたからだ。


「良かった。転ばなくて」


青年は美しい笑みを浮かべる。


そして、その顔は…何処かで見覚えがあった―。

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