第69話 揺らぐ心

 1人、部屋に戻った私は頭を抱えていた。


「どうしよう…兄たちは一体いつまでこの屋敷にいるつもりかしら…。あの大きなトランクケースを見る限り…今日、明日帰るとはとても思えないわ…」


こんな時、ジョンがいてくれたら相談に…。


え?


「ジョンて…誰だったかしら…?」


駄目だ、時折見に覚えのない人物がシルエットとして私の頭に浮かんでくる。けれども顔が少しも思い出せない。


「私…記憶喪失だけでなく、とうとう記憶障害まで起こしてしまったのかしら…?」


その時―。


コンコン


扉をノックする音が聞こえてきた。だ、誰?!まさか…兄達ではっ?!


「は、はい?!」


上ずった声で返事をする。


「私だ、ユリア。入っていいか?」


その声は父だった。…ああ、良かった…。


「はい、どうぞ」


すると、カチャリと扉が開いて父が姿を現した。


「ユリア、実はお前に話があったのだが…ん?ひょっとすると勉強をしていたのか?」


父はテーブルの上に教科書やらノートが広げてあるのを見て尋ねてきた。


「はい、そうです。成績不振で退学になるわけにはいきませんから」


「何?成績が悪いと退学になる…?誰がそんな事を言ったのだ?」


「えっと、それは…」


あれ?誰にそんな事を言われたのだろう?


「まさか成績が悪いからと言って退学にはならないだろう?こちらは多額の寄付金を支払っているのだから…しかし、勉学に励むのは良いことだ。ユリアは記憶喪失になってからは…うん、良い娘になったと思う」


「本当ですか?」


「ああ、以前のお前よりも今のほうが好ましい」


「ありがとうございます!」


良かった。少なくとも父は少なくとも私に味方をしてくれそうだ。しかし問題は2人の兄たちである。彼らは私が偽物ユリアだと思っている。私は今の今迄自分がただの記憶喪失者だとばかり思っていたのだが、あの2人の出現でゆらぎ始めていた。ひょっとすると私は…偽物のユリアではないのだろうかと。


「どうした?ユリア。具合でも悪いのか?」


父が心配そうに声を掛けてきた。


「い、いえ。大丈夫です」


「そうか?なら良いが…それでお前の為に護衛騎士をつけてやろうと思っていたのだが…」


父がそこで黙る。


「お父様、どうかされましたか?」


「い、いや…以前、ユリアに護衛騎士をつけてやった気がするのだが…どうも私の勘違いだったようだ。誰か良い人材を探しておくからそれまでは大人しく屋敷にいればよい。幸い、シリウスもアレスもいることだし…何かあったらあの2人に守ってもらうのも良かろう」


「え…?」


その言葉に青くなる。2人の兄に守ってもらう?冗談じゃない!守ってっもらうどころか逆に背後から命を狙われかねない。しかも同じ屋敷で1日中、一緒にいるなんて冗談じゃない。それならまだ学校に通ったほうがマシだ。


「お、お父様!私、明日から登校します!」


「そうか?しかし護衛が…」


「護衛なら必要ありません!だってほらっ!この指輪が私を守ってくれますから!」


私は右手を差し出し、指輪を見せた。


「ほぅ…見事な指輪だな。なるほど、この指輪に守りの魔法が掛けられていたのか。だからあの時の弓矢の攻撃も防いでくれたのだな?」


そして父は私を見ると言った。


「ところで…このマジックリングは一体どうしたんだ?」


「え…?」


父の質問でまたしても私の頭はまっ白になってしまった―。




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