第14章 暗雲

凛との事を話してくれた翔太は、いつもと変わらずにわたしとの時間を大事にしてくれた。友人達と会うこときは帰りも遅くなることがあり、「ただいま」と一言ではあったが、家に着いたときはちゃんとLINEを送ってくれていた。わたしはそれに寂しさを感じながらも、会わないときのLINEや、会ったときも「愛してる」と言う言葉を繰り返し伝えてくれることでその寂しいという感情に蓋をするようになった。だけど、凛や友人達と会って来るねと言われると、心の片隅にいる重い感情が顔をだし、素直にわかったと言えなくなっている自分がいた。翔太はわたしの反応に気がついては、繰り返しごめんねと謝る回数も増えていった。


仕事中コビー機の前で、次に使う資料をコピーしていると、「翔太!」と小さいけれど、しっかりした声で翔太を呼ぶ凛の声がした。わたしが頭をあげ、ゆっくり声のする方に顔を向けると、話をしている凛と翔太が見えた。翔太はわたしに背中を向ける感じで立っていたので、表情は分からなかったが、凛の顔はしっかり見えた。「あ」とわたしは小さな声が、自然と口からこぼれ落ちた。

気づいてしまった…。凛はまだ、翔太が好きだ。翔太を見る視線、声その全てから、まだ翔太を好きだと言っているように見えた。その瞬間凛と目があった。わたしは見てはいけないものを見てしまった気持ちになり、慌てて目をコピー機に戻した。その後2人は別れ、凛はわたしの方へ近づいてきた。一瞬体が固くなった。でも、凛は「お疲れ様です」と声をかけ、そのまま自分のデスクに戻っていった。泣きそうだった。涙がこぼれ落ちそうだった。そんな時、翔太がわたしに気づいて近づいてきた。翔太は「お疲れ様」と優しく声をかけてきたが、わたしは顔を上げることができず、目線を落としたまま「お疲れ様」とだけ返した。翔太は「どした?」と声をかけてきたが、わたしは大丈夫と言うのが精一杯だった。そして、コピーを終えたわたしは「またね」とだけ言いその場を離れた。


デスクに戻ると、なにかを察した杏が声をかけてきた。「どした?」その声を聞いた瞬間、涙がこぼれ落ちそうになった。だめだ。今は職場しっかりしなきゃ。そう自分に言い聞かせても、わたしの心は言うことを聞いてくれなかった。杏は「ちょっと外行こ」と言って、わたしの手を引き、職場にあるテラスまで連れていった。その間わたしは顔をあげることが出来なかった。


「なにがあった?」そう聞かれたわたしは、杏に今日までの事を全て話した。そして、気づいてしまったと。たぶん、凛はまだ翔太を好きだと…。杏は「そっかぁー」と声を発したあと、「同じ男性を好きになった人にしか分からない部分なのかなぁ」と言った。杏から見ると、凛の態度はそうとも見えるし、ただの友達のようにも見えると。でも、それとは別に、元カノとまだ連絡とってるって言うのは正直嫌だよねと言った。わたしが頷くと、杏は「きちんと伝えてみたら?翔太に」と言ってきた。わたしは「言うのがこわい」と言った。でも、嫌なんでしょ?とすぐに杏は返してきた。ちゃんと話し合ってみなよと。わたしが顔を上げると、杏は笑顔で、何かあったら連絡しておいでと優しく声をかけてきた。わたしが頷くと、「後5分したら仕事戻っておいで」とそう言うと、先に戻っていった。杏が戻った後、しばらくしてわたしは翔太に「話したいことがある」とLINEを送った。仕事中なので、すぐには既読はつかないと思ったわたしは、職場に戻ろうと歩きだした時手の中でスマホが振動した。開くと翔太から「わかった」と簡単な返信が返っていた。わたしはスマホを閉じると、重い気持ちのまま自分のデスクに戻っていった

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