18_16時間の愛情
飲み始めて1時間もしたら大人たちは出来上がってしまい、狭い1Kの部屋で雑魚寝していた。
3人は大学時代の同期で何度も飲み会をしていた。
今となっては男女の雑魚寝は問題がありそうだが、3人が集まれば気持ちだけは大学時代に戻っているのである。
ちなみに、紗弓と箱崎は紗弓の部屋(いえ)に引っ込んだ。
大人が酒を飲んでいるところに子供がいてもろくなことにはならないのだ。
富成が半ば強引に追い出した。
その後、2~3時間もしたら一人、また一人と目が覚める。
休みの日に昼間から酒を飲んで、眠たくなったら寝る時点でダメな大人には間違いない。
目が覚めたら夕方を少し過ぎていた。
坂本が庭に出て、携帯灰皿片手にタバコを吸い始めた。
タバコの煙を気遣ってか建物からできるだけ離れて塀の手すりに寄りかかって立っている。
富成もなんとなく目が覚めて、庭にでた。
「結局、お前ら何しに来たんだ?」
「桐川さん…尚子さんに頼まれて、お前に会いに来たんだよ」
「やっぱりな」
呼び方も、普段は昔とは違うのだろう。
普段は『尚子さん』って呼んでいるのか。
今日はわざと変えていたのか、大学時代に気持ちが戻って当時の呼び方になったのか……
「お前ら付き合ってるんだろ?」
富成が坂本と桐川さんのことを少し揶揄うように、冗談っぽく聞いた。
「…まあな」
「あ、でも、まだキスもしてないから」
「なんだそりゃ。ピュアかよ」
富成は柵に寄りかかりながら、静かにツッコんだ。
坂本が携帯灰皿にフィルターギリギリまで吸ったタバコの吸い殻をねじ込んだ。
「ちょっと前に尚子さんに告白したんだよ。『付き合おう』って。そしたら、先にお前と会いたいってさ。お前との結婚の約束を大事にしたかったんじゃないの?」
「もう10年位前の話だよ。そんなの忘れてるだろ。そもそも、約束ですらないし…」
「どうなかな」
「まあ昔は、桐川さんのこと本当に好きだった時があったんだよ。見事にフラれたけど」
富成は少しバツが悪そうに前髪を気にしながら言った。
「ふふふ。お前が攻略できなかったダンジョンは、俺が攻略しといてやるから」
「俺には縁がなかった。後は頼んだ」
「あーあ、俺もJKがよかったなぁ」
右腕を上に伸ばし、ゆっくりと伸びをしながら坂本がつぶやいた。
「嘘つけ。この後、桐川さんとの仲を急激に発展させるつもりだろ」
「バレたか」
「どうなの?お前の方は。JK相手だと色々あるんじゃないの?」
「大事にしてるよ?高校の生徒だし」
「尚子さんに言った約束が頭にあったから、手を出さなかったんじゃないのか?」
「もう忘れてたって」
「ほんとかよ」
坂本が2本目のタバコを取り出し、火をつけた。
ゆっくり肺まで吸い込んで、煙を吐き出した。
「でも、いいなぁ。JKハーレムで」
「そんなものは存在しない」
一度だって俺がいい思いをしたことがあったか。
こいつはそこのところを理解してない。
***
庭でそんな話がされているとは知らずに、女子たちは室内で話し始めていた。
箱崎唯は帰宅して、紗弓だけが再びあのドアから富成の102号室に来ていた。
そこには桐川さんが一人で寝ていたが、紗弓が入ってきた物音で目を覚ました。
年齢が1周り違おうが、女子同士の会話は『ガールズトーク』に違いない。
そして、ガールズトークの定番は『恋バナ』と昔から相場は決まっていた。
酔った勢いもあって、桐川さんは昔のことを紗弓に話していた。
「結婚の約束…ですか?」
紗弓は桐川さんに恐る恐る聞いた。
「まあね。ただ、私も20代前半で結婚への憧れと不安があったときだったから、『キープ』として魅力的な提案だったと思うわ。まさか30歳を手前にして更に魅力的に感じるようになるとは思わなかったけれど……」
「……」
わざと『キープ』というひどい言葉を選ぶことで、自分を悪い人と演出しているのかもしれないと紗弓は思った。
いったい何のために来たのかと一時は警戒したのだけれど、いわば桐川さんは過去の清算に来たのだと理解した。
「あの頃は、どうしても海外留学したかったし。誰かと付き合ってたら邪魔になると思ってた時があったのよ」
「そうなんですか」
「逃がした魚は大きかったかな……富成くんには言わないでね?」
「はい。女同士の秘密です♪」
「ところで、どうなの?その『先生』とは」
「その…普通です……」
ぶっきらぼうに言うのだけれど、真っ赤になってテレて俯き加減に応える紗弓の姿に桐川さんの中の庇護欲的なにかが爆発した。
「何なら私が言っといてあげるからね!」
桐川さんは人差し指を立てて、いかにもお姉さんという感じのポーズで言った。
「ありがとうございます。でも…いいです。今のままで。十分です」
また俯き加減に応える紗弓。
桐川さんは『甘ずっぺー』と心の中で顔をくしゃくしゃにしたが、紗弓に好感を持つのだった。
***
富成くんは、私と同じく30歳手前。
いわゆるアラサーだ。
16歳の女子高生から見て魅力があると思えない。
先生だから好き?
クラスのみんなが好きだから好き?
お金持ちだから好き?
大人だから好き?
16歳の少女がアラサーの男を好きになる要素を思いつかない。
私が16歳の時は、鼻を垂らしてそこら辺の野山を駆け回っていた。
それはさすがに言い過ぎたけれど、そんなに一人を好きになったことなどなかった。
もしかしたら、今現在でも、それほどまでに一人に執着したことなどないかもしれない。
「なんで富成くんなの?」
紗弓ちゃんが淹れてくれた日本茶をすすりながら聞いた。
単純なる疑問。
純粋なる質問だった。
「先生は、私が困っている時に何度も助けてくれました」
『あー』と少し感じた。
腑に落ちたというべきか。
富成くんだったら、目の前で困っている人がいたら助けそう。
なんとなく、そう思った。
だから、ある程度は納得したけれど、少しの疑念もあった。
「それは、紗弓ちゃんが可愛いからじゃないの?」
「でも、私が、先生のお陰で諦めずにいられてるから……」
この少女がなにを諦めずに済んだというのか。
聞いてみたいところだけど、それはさすがに憚られた。
私では思い及ばない何かが、二人の間ではあったのだと察した。
「ふーん、富成くんがねぇ。良い先生してるんだねぇ」
「本当は待っていてほしいけど、歳は追いつけないから……先生の学校に…」
「え!?そのために、富成くんが勤めてる学校に入学したの!?」
「(コクリ)」
単純に驚いた。
歳が一周りも違ったら、考え方もまるで違うのか。
それとも、彼女の発想が斬新なのか。
同じ学校に『生徒』として通うことができないのならば、『教師と生徒』として通おうと思ったということか。
「はー!やるわねー!」
「これで3年間だけは同じ学校です」
「すごいこと考えるわねー。確か、あそこ割と偏差値高くなかったっけ?」
確か、富成くんも就職の時にかなり頑張ったと聞いた。
紗弓ちゃんの偏差値が、どれほどかは分からなかったけれど、ちょっとやそっと勉強しても普通は入れないくらいには偏差値が高い高校だと聞いていた。
「だから、1日16時間勉強しました」
「はー!富成くん、愛されてるー」
今度はあきれた。
『一緒の学校に通いたい』たったこれだけの願いのために、1日16時間も勉強するなんて。
起きている間中、ずっとということになるだろう。
到底正気の沙汰とは思えない。
ある1日16時間勉強するのならば、まだできるかもしれない。
しかし、偏差値を上げるという成果に結びつけるまで勉強し続けるというのならば、1か月や2か月でないことは容易に分かる。
この子はそこまでして、現在の立ち位置を手に入れていたのだ。
「紗弓ちゃん、なにかあったら私が嫁にするから、いつでも言っておいで!」
「ありがとうございます」
この子のこの努力は実らなければならない。
そんなことを考えていると、いつの間にか紗弓ちゃんを応援する側に回っていたことに気付いた。
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