11_期末試験のざまぁ
ある授業中のある先生の雑談だった。
「このクラスは、中間テストのクラス平均でうちのクラスに勝てなかったからなぁ。富成先生みたいな若手の先生だと良い生徒は育てられないんだよ」
クラス全員が『なに言ってんだこいつ!?』と思った。
問題発言をしたのは、国語の教科担任である葉山先生。
50歳代中盤のベテラン教師だった。
学年主任は通常年功序列なのにそのポストを任されておらず、面白くない思いをしたのかもしれない。
更に、生徒からあまり好かれておらず、富成先生が生徒に告白されたという噂に嫉妬したのかもしれない。
教師同士で陰口を言うと職場の雰囲気が悪くなり、自分の立場が悪くなることも知っている。
だから、葉山先生は、直接は関係ない富成先生の担当する生徒たちに憎まれ口を叩いた。
ただ、教科担任とはいえ、教師の言うこと。
すぐに反論する生徒はいない。
言われっぱなしだった。
そのため、今日の葉山先生は少し調子に乗りすぎてしまった。
「若い先生は人気取りで生徒の顔色ばかり窺って、本当の教育ってものを知らないし、できない。担任は選べないからね。僕は君たちが可哀そうだと思うよ。」
葉山先生はゆがめた顔で誰ともなく、クラス中に言い放った。
「紗弓ちゃん、紗弓ちゃん、割とお見せできないお顔をしていますよ?(こそっ)」
「……」
箱崎唯が、小さな声で紗弓に話しかけたが、紗弓は無言だった。
「もうすぐ期末だからね。君たちは少しでもうちのクラスの生徒たちを見習うようにして頑張るようにね」
葉山先生の皮肉はこの日最悪だった。
■夜の富成の部屋(いえ)
「きいいいーーーーぃ!こんなこと言ってたんですよぉ!!」
タオルを噛んで引っ張る紗弓。
可哀そうだから離してあげて、そのタオル。
「ものまね込みだったから、わかりやすかったけれども……まあ、俺もまだまだひよっこだからそういう評価になってしまうのかなぁ……」
「そんなことはありません!先生は良い先生です!」
「放課後に俺の部屋(いえ)にお前が入り浸っている時点で良い先生かどうか微妙だけどなぁ」
「先生と私は入学する前からのお付き合いです!」
顔の目の前に顔を持ってきて言う紗弓。
近い!近い!
「先生、期末テストでは問題を横流しとかできないんですか!?」
「できる訳ないだろう!見つかったらクビになるわ!」
「せめて先生が教科担任の数学だけでも全員が100点をとれるように、なにか細工を……」
「ズルはダメだ!期末のテストを作っている間は、お前も部屋(うち)に来るのは禁止な!」
「夫婦を隔てる学校なんて、ナンボのもんですか!」
「夫婦でもないし、教師と生徒なんだから、誰も見てなくてもそういうズルはダメだろう。卒業して大人になったときにそういうズルをする大人になってしまう」
「先生は真面目すぎます!」
「憧れの教師なんだから、俺も自分の心に恥じることはしたくない」
「私とのお付き合いのことは?」
「……お前が制服を着ている間は手を出さない!」
「つまり、私が制服を脱げば、今すぐに手を出すと……」
紗弓が、そう言いながらブラウスのボタンを外し始める。
「だー!そういう意味じゃない!服を脱ぐな!服を!」
「勝負下着を見たくないですか!?」
「お前は学校になにをしに行っているんだ!?」
「もちろん、先生に会いに行ってます」
「もう、それでいい。ちゃんと学校行ってちゃんと勉強しろ。それだけで俺は満足だ」
「むう……」
納得いかない顔の紗弓。
ただ、教師としては、自分の担当クラスだけ贔屓するわけにはいかない。
生徒は平等に接する必要がある。
うちのクラスだけ、特別なプリントを配ったりできないし、補習をしたりもできないのだ。
■翌日、昼休み
「紗弓ちゃん、なにしてるんですか?」
「期末テストの対策です」
いつものように、箱崎唯が紗弓に話しかけ、紗弓はちょっとめんどくさそうに答えていた。
「……紗弓ちゃん、字もきれいですね」
「……ありがとうございます」
「しかも、よくまとまっていて、見やすいです」
「……ありがとうございます」
「もしよかったら、コピーさせてもらえませんか?」
『いいことを思いつきました』とばかりに胸の辺りで手を合わせて笑顔でお願いする。
紗弓としても、箱崎唯には弱みを握られている間柄。
邪険にすることもできない。
しかも、相手は自分の字がきれいだと褒めてくれているのだ。
テスト対策で作った数学のノートをコピーさせる話だったが、クラスの相沢がそのやり取りを見ていた。
「十連地さん!そのノート、俺にもコピーさせてくれないかな!?」
相沢は、紗弓に心を寄せる男子生徒の一人。
気を引きたいがために言ったのか、テストが心配だったから言ったのか、もしかしたら、その両方かもしれない。
そして、それに反応して、同じく紗弓に心を寄せる一人である木場も『俺も俺も!』と乗っかった。
女子グループも見逃さなかった。
クラスの女子、吉塚さん、名島さん、香椎さんも参戦。
しかも、『私、人数分コピーしてくる!』と紗弓にとって『めんどくさい』を解消させる提案もあり、こちらもOKした。
「じゃあ、紗弓ちゃんは、コピーが終わる間、別の教科の勉強をしていたら?」
「……はい」
箱崎唯の提案に、言われるままにするのは何故か癪だと思いつつも、それもそうだと思いつつ別のノートに国語の範囲の要点をまとめていく。
気付けば、コピー待ちのクラスメイトは20人を超えている。
そして、コピーがあがってくるまで紗弓がまとめているノートを横から覗き込みメモしている。
これはやりにくい。
一刻も早く家に帰りたいと紗弓は思っていた。
「ノートは明日でいいので、私は先に帰ります」
「はい、後は任せておいてください♪」
箱崎唯が満面の笑顔で後を引き継いだ。
紗弓は、過去にこの笑顔に痛い目にあっていた。
『痛い目』は言い過ぎかもしれないけれど、なにか企んでいる時の笑顔。
箱崎唯は、顔が整っているが故に余計に怖い笑顔。
ただ、これ以上足止めを喰うのも嫌だと思い、紗弓はノートを託して家に帰った。
そして、先生はテスト前になると遊んでくれず、遊びに行っても自分の家に帰されることを思いだし、しょうがないので他の教科のノートを作り、テスト対策をするのだった。
■翌日昼休み(食後)
「十連地さん、ちょっといいかな?」
「はい……」
いつも教室では箱崎唯しか話しかけてこないのに、今日は別の女子から話しかけられた。
紗弓にとって、世界は先生と自分、そしてお母さん以外は『どうでもいい存在』だったので誰にも話しかけず、誰とも関わらずに過ごしてきた。
……箱崎唯は別枠。
先生との関係を知られてしまったので、彼女が機嫌を悪くしない程度に付き合わないといけない。
ただ、紗弓本人も気づいていなかったが、一緒に遊園地にも行ったので、それなりに心を許していた。
閑話休題(それはいい)。
今は、話しかけてきた女子、香椎さんの対応。
「どうしました?香椎さん」
「昨日、ノートをコピーさせてもらったんだけど、ここがどうしてもわからなくて……」
もしかしたら、間違えてしまっていたのかもしれない。
そしたら、間違った情報を20人以上に伝えてしまっていることになる。
ちゃんと確認しないと、と思ったのは、紗弓の責任感からだった。
「どれですか?」
「ここの問2の途中の式なんだけど……」
「あ、ここは移行と代入を一緒にしているので、更に途中の式を書くとわかりやすいかもです」
「え?そういうこと!?いきなり式がガラッと変わったからついていけなかった」
見る人にとってはもう1行足さないとわかりにくいのかも。
紗弓は帰ってきた自分のノートに1行書き足す。
「あ!紗弓ちゃん、そこ私も気になります!」
また箱崎唯だった。
なにかと話しかけてくる存在。
「よかったら、黒板に書いてくださいませんか?写しますので」
「……いいですよ」
20人近くが興味を持って紗弓の方を見ている。
これはまずかったかもしれないと思い、黒板に前後の式と新たに追加した式を記入していく。
「はい!」
ここで手を上げたのが相沢。
「はい!相沢くん!」
箱崎唯が勝手に当てた。
「十連地さん、問2の問題だけど、俺はそこまで行けなくて……ついでに最初から解いてみせてほしいっていうか……」
「紗弓ちゃん、お願いできますか?」
相変わらず箱崎唯は満面の笑顔。
しかも、かわいく『お願いのポーズ』をしている。
みんなが注目する中、これを断ると冷たい人と思われてしまうやつだった。
「わかりました」
(ガタガタッ)教室内の机が動かされる音。
昼休みはみんな弁当を食べるために席を好きなように動かしている。
それでは黒板が見えないと、それぞれ思い思いに机を前に向けて、昨日コピーしたノートを取り出す。
ちょっと異様な光景にみんなの準備が終わるのを待つ紗弓。
「紗弓先生!お願いします!」
みんなの準備が終わった頃、箱崎唯が冗談半分で言うと、紗弓は問題を解いてみせるしかなかった。
せっかく問題を解くのだから、なぜまとめノートにその問題を選んだかも合わせて説明した。
「今回のテスト範囲に出てくる公式は5つで、問題のタイプは20種類です。だから、それぞれの代表的な問題をピックアップしました。問2で使う公式はこれです」
説明しながら、必要な公式についても書いていく。
「この式が必要だとわかるのは、問題中に特別な記述がある時で……」
公式を覚えてもどの問題でその公式を使えばいいのかは、わからないものだ。
何問も解けばコツがわかってくるのだけれど、多くの生徒はそこまで問題の分析をしない。
紗弓もそんなに多くの問題を解いているわけではないけれど、『出題者の意図』をすごく考えていた。
『出題者』とは『富成先生』。
彼がどの問題を選び、出題するのかを恋人の会話の様に予想していたため、どの問題にどんな意図があるのかに興味を持ったのが切っ掛けだった。
出題者の意図も含めて説明することで、問題の解き方だけではなく、意図も伝わり、他の生徒の頭にも入りやすくなった。
「ごめん!十連地さん!そのまま問3もお願いできる?」
クラスの女子、名島さんからだった。
「わかりました」
頼まれたら断れない性格の紗弓は、言われるがままに次の問題を解いてみせた。
(ガラッ)「今日の定食、焼き魚ってあり得なくない!?」
「確かに!焼き魚を喜ぶ高校生がどこにいるんだよってな!」
そこに食堂で定食を食べてきた他のクラスメイトが帰ってきた。
「うっ……なにこれ!?」
彼らが見たものは、普段ほとんど話さない紗弓が先生となり、黒板で数学の問題を解いている状況。
しかも、教室にいる10数人は昼休みだというのに机についてノートにメモしながら、紗弓の『授業』を聞いている。
「……どゆこと?」
なにかの予定を忘れていたのかと思い、恐る恐る近くの友達に聞く。
「十連地さんが、昨日のノートの解説をしてくれているんだよ。あのノートで今回のテスト範囲を網羅しているからみんな解説を聞いてるの」
「マジか!?俺も!俺も!」
こうして昼休みを使って5問も問題を解いてみせて、解説もした。
紗弓は正直疲れていた。
5時間目の予鈴がなったことで解放されたと思い、一息つき自分の席に着こうと歩き出した。
一瞬の沈黙の後……
(パチパチパチパチ)
「わかりやすい!」
「ありがとう!十連地さん!」
「テスト勉強どうしたらいいか希望が出てきた!」
クラスメイトが次々と褒める。
褒められて悪い気分になる人がいるだろうか。
紗弓もいつもの無表情ながら、ちょっと照れていた。
箱崎唯が、紗弓の顔を覗き込み『テレてる?テレてる?』というのはウザいと思いつつも、全体的に悪い気はしていなかった。
「十連地さん!よかったら、放課後続きお願いできない!?」
「あ、俺も頼みたい!」
「あ、俺も残る!」
『ガーン』と紗弓の中では絶望の音がしたけれど、乗り掛かった舟。
ここでやめるのは中途半端な気がしたし、どうせ家に帰っても先生は遊んでくれない。
紗弓はまあいいか、と思うことにした。
昼休みは、がっつり問20まで解説させられた上、質問コーナーまで答えさせられ紗弓はぐったりして今日を終えた。
「わかりやすかった!十連地先生!」
「ありがとう!」
「なんか、高得点行く気がする!」
クラスメイトには意外にも大好評だった。
「十連地さん!他の教科はどうかな?」
『うっ、めんどくさい』と思ったけれど、ここで紗弓はふと気づいた。
これでクラスの平均点が上がればあの葉山先生の鼻を明かせる。
(富成)先生の立場も良くなるのでは、と。
幸いにもテストまでまだ2週間もある。
1日1教科まとめたとしても少し余裕がある。
「わかりました。1日1教科でよければ……」
「「「やったー!」」」
「天使だ!天使が地上に降りてきてくださった!」
何故か涙を流す木場。
「女神が俺の危機(テスト)を手助けしてくれている!」
いつも調子のいい相沢。
「勉強すりゃ解るよ。Baby I got 愛が人生のMotion」
村岡は事あるごとに勉強していた。
『授業』の後、紗弓の机の上にはお菓子やジュースが大量に置かれた。
みんなからの『お礼』とのことだった。
あまりにたくさんなので、お供え物のようになっていた。
幸い帰りに買い物をして帰ろうと思っていた紗弓にはマイバッグを持っていたので、お菓子やジュースをありがたくいただいて帰った。
■夜・先生の家
(トントン)「先生、こんばんは」
(ガチャ)「……紗弓、遊びに来ても俺は遊べないんだよ」
「いえ、今日は遊びに来たのではありません」
「ん?どうした?」
「これあげます」
紗弓は玄関先に大量のお菓子とジュースをマイバッグから取り出した。
「なにこれ!?万引き!?不良になったの!?紗弓!」
「差し入れです」
それだけ言って、紗弓は先生の家を後にした。
先生は訳がわからなかったが、問題を作ったり割とストレスの多い作業が多かったので、ありがたくもらったのだった。
■2週間後
学生にとって地獄の1週間となるテスト期間が始まった。
何の因果か、最初のテストの監督役が葉山先生だった。
葉山先生は何も言わないが、何故か見下した目。
クラス中に嫌な雰囲気が蔓延した。
そして、その雰囲気を一気に払拭した出来事があった。
チャイムと共に配られたテスト用紙を表に向けるクラスメイト達。
「「「あっ!」」」
クラスのほぼ全員が思わず口に出してしまった。
「なんだ!?ミスプリか!?カンニングか!?」
この時、クラスメイト達は各々思っていた。
『この問題解いた!』
『この問題、数字が違うだけで全く同じ解き方!』
『結局丸暗記した問題が出た!』
葉山先生が慌てて声をかけるが、テスト中ということもあり、全員がスルー。
反応がないので、きょろきょろしたのち椅子に座る葉山先生。
こうしてテストは開始した。
■さらに1週間後。
「はいー、テストを返すその前に……」
富成先生の数学の授業。
「お前たち、なんかあった?」
「先生、どうしたんですか?」
相沢が調子よく合の手を入れる。
「なんか今回、うちのクラスだけ他のクラスより平均点が20点くらい高いんだけど……」
「「「わーーーーーー!」」」
「マジか!?」
「やった!」
「天使のお陰!」
「女神の授業のお陰!!」
盛り上がる教室。
返されるテスト。
受け取る生徒、受け取る生徒、ガッツポーズをしたり、歓喜の声をあげたりしていた。
「えー、このクラスの最高点は100点で、最低点が79点でした。いつも通りくらいの難しさだったと思うんだけど、このクラスだけめちゃくちゃ点数が高かった。みんな俺の授業をよく聞いてくれたのかな?」
嬉しいことなのに、イマイチ合点がいかない富成先生。
どや顔を富成先生に向ける紗弓。
テストが100点だからどや顔だと思っている富成先生。
その後、葉山先生のクラスでは『小テスト』と称して、全教科の問題の一部を自分が担当するクラスの生徒に事前に解かしていたことが判明した。
『担当している子たちにいい点を取らせてやりたかった』と良い人そうな言い訳をしたが、当該クラスのテスト結果は無効となり、別の問題で再テストを受けさせれ、生徒自体も不満を感じていた。
さらに、葉山先生は、学校から停職6か月の懲戒処分を受け、紗弓たちのクラスに再び来ることはなかった。
残念ながら、目の前で『ざまぁ』することはできなかったけれど、十分すぎるほどには鼻を明かしたのだった。
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