10_秘密の関係
「先生、ジンベイを見に行きましょう!」
「仁平?夏祭りのためとか?ちょい早すぎない?」
「ジンベイはジンベイザメのことです」
「そっちか。ん?ちょっと今までの感じと違わない?いつもなら『水族館に行きましょう』とかじゃない?」
「薄暗い水族館は、世の中に知られてはいけない関係の人たちのデートの場……」
「お前、全国の水族館から怒られるからね!」
◆◇◆
時間的には、もう夜だろう。
外は暗くなっている。
いつものように紗弓は俺の部屋(うち)にいる。
この時間にまだいるってことは、母親の百合子さんの食事の準備は既に出来ているのだろう。
俺が和室の机に向かってテストの採点をしている間、後ろから抱きついて邪魔をしているのか、じゃれているのか……
『ジンベイザメを見に行く』というのは、例の『高校生になったらしたいこと100』みたいなのの1つなのだろう。
スマホにメモしているようだったけれど、中味は見せてくれなかった。
多分、あと90個以上あるらしい。
それに俺は全部付き合うのか……
俺と紗弓が大っぴらかに会えないのは簡単な理由だ。
紗弓は高校生で、俺がそのクラスの担任だからだ。
もちろん、学校内で紗弓を口説いたわけではなく、紗弓は元々近所に住んでいた単なるガキンチョだった。
家が隣なので遊んでやってた。
それが8年の間に、みるみる美少女に育ちやがった。
しかも、あろうことか俺が勤務している高校に入学してきやがった。
ハラハラさせられることも多かったから色々気疲れもあって、このところ疲れ気味だ。
「なあ、紗弓」
「なんですか?水族館は明日行きます」
「日ごろ疲れている先生を休みの日に寝かせてあげようとかないのかな?」
「先生……おじさんみたい」
「(ガーン!)」
割と本気でショックだった。
頭の中で本当に『ガーン』と聞こえたかと思う程ショックだった。
仕事って大変だから週末は休みたいと思ってた。
それだけなのに……
28歳はおじさんだろうか。
世の中的には若手のはず!
いや、待て。
ジャッジメント(判断)は女子高生、16歳だ。
16歳から見れば、28歳って12歳上……俺に置き換えて12歳上となると40歳か。
40歳、40歳、40歳の女性……紗弓のお母さん、百合子さんくらいか……全然イケる!
「先生、いますごくイケないことを考えていますね!?」
紗弓の半眼がすごく痛い……
無駄に鋭いな、ポンコツ美少女のくせに。
まだ『おじさん』と言われるわけにはいかないので、週末は紗弓と水族館に行くことにした。
俺まだ全然若いから。
全然大丈夫だから。
週末、寝て過ごしたくなんてないのだから!
□■□
翌日水族館に着いて早々、とんでもないことがわかった。
この水族館にはジンベイザメいないということ。
ジンベイザメは割と珍しいのと、大きいことから日本国内でも数か所しか見られないらしい。
着くと同時にテンションが下がる紗弓。
事前に調べてから来ればよかった。
水族館のホームページは確認してきたのだけれど、どんな魚がいるか書かれていなかったのだ。
他の水族館もそうなのかな?
「まあ、そう気を落とすなって。イルカとかラッコとかはいるし」
「……ジンベイザメ見たかった」
そんなに悲しそうな顔をされてしまったら、どこかで見せてやりたいと思うのが男というもの。
スマホでちょいちょいと調べたら、ジンベイザメは日本の水族館では6か所しかない。
九州だと、鹿児島か沖縄……
「今度、計画立てて行ってみるか?」
「日帰りできないですよ?」
「確かにな……いや、鹿児島なら頑張れば……」
「お泊ですか?お泊まりですね!」
急に息を吹き返す紗弓。
俺が普通に歩いているのに、腕を組んだまま『婚前旅行ですか?婚前旅行ですかねぇ?』と満々の笑顔で覗き込んでくる。
おい、さっきまでの無表情はどこに行った。
俺は何かとんでもないことを言ってしまったのかもしれない。
せっかく水族館に来たのだから、ジンベイザメがいなくても他を見ればいい。
パンが無ければケーキを食べればいい。
関係ないけど、ちょっと言ってみた。
特定の種類を見なくても、大水槽を見ているだけで色々な魚の様子を見て楽しいものだ。
ずっと仲間と一緒に泳ぐやつや、ずっと地面にへばりついているやつ。
魚の社会は、人間のそれを見ているようで、見ているだけで楽しいものだ。
自分はこの中で言えばどれだろう、とか。
これが癒しってやつだろうか。
見て回りながら何気なく紗弓が言った。
「水族館は暗いところが多いですね」
「そうだな。深いところに住んでいる魚は暗いところの方が落ち着くんだろう」
「私も日陰の女……水族館がお似合いです。」
『日陰の女』の意味を知って言っているんだろうか……
「お前は『日陰の女』なんかじゃないよ。クラスでも人気で、成績は学年トップ。十分『日向の女』だよ。」
「でも、先生と出かける時は……あれ?」
「どうした?」
紗弓が慌てた様子でポケットや鞄の中を探してもぞもぞし始めた。
なにか落としたのかな?
「お財布がないです」
「財布を出したのは……さっき売店に行ったからあの時か!?」
少し戻ることになった。
程なくして、紗弓の財布を持った男性が立ってきょろきょろしている。
これは間違いない。
今、拾ったという感じだ。
「あの……すいません。その財布、私のです」
紗弓が恐る恐る男性に言った。
見た感じ20代後半。
俺と同じくらいの年齢だろうか。
ただ、明らかにイケメン。
「あ、すぐそこで拾ったんです。一応、確認で中に何が入っているか教えてください」
そりゃ、そうだろうな。
何も考えず返す人もいるだろうけど、ちゃんとセキュリティ意識がある人みたいだ。
ちゃんとした人そうだから、まあ、大丈夫だろう。
俺は紗弓を見守ることにした。
「あ、中、見てもいいですか?」
「はい…。札は3000円くらい入っていて、小銭はあんまり入っていません。あと……写真が1枚……」
紗弓に中身を見ていいか確認するあたり、ちゃんとその財布は紗弓のものだと認識してくれているみたいだな。
俺の出る幕はなさそうだ。
……ちょっと待て。
その写真ってのは何だ!?
ちょっと見た感じ、俺と紗弓が写っていたっぽい。
ある意味本人確認になるのだろうけれど、問題はそこじゃない。
なんだあの写真。
まるで覚えが無い。
ちょっとしか見えなかったけれど、紗弓がブイサインで写っていた。
でも、俺は寝てなかったか!?
さては……あとで回収だな。
油断も隙も無い。
財布も戻ってきたみたいだし、そろそろ……
「なにその子!?天使!?」
後ろから飛び出してきた人が、いきなり紗弓に抱き着いて頬ずりしている。
完全に虚を突かれた。
女性だったからいいけど、男だったら犯罪っぽい。
あまりのことに紗弓は固まっている。
「すいません。美少女を見ると飛びつく病気なので……」
そう言って、さっきの男性が飛びついてきた女性を手慣れた感じで引きはがした。
このイケメンさんのお連れさんだったのか。
ちょっと変わったカノジョさんだな……
そして思った。
うちのポンコツ美少女は、外では完璧美少女だった。
『表紗弓』は姿勢も良く、仕草や立ち居振る舞いも完璧だ。
ちょっと笑みすら浮かべているし。
更に顔立ちも整っていることから悪い印象の人はまずいないだろう。
ちなみに、『裏紗弓』は俺の部屋(へや)でのみ出現するが、実にポンコツだ。
スカートがめくれるのも気にせず、畳の上でゴロゴロしてスマホゲームにハマっている。
ゲームをしていない時は、俺の仕事をあの手この手で邪魔している。
一言で例えるなら……『猫』だな。
□□□
何故かこの美男・美女カップルとお茶を飲むことになった。
まあ、財布を拾ってもらっているし、お茶代くらいは俺が出しておこう。
そろそろ休憩しようと思っていたこともあって、館内のイートインコーナーに移動した。
長テーブルの角に紗弓が座っているのだけれど、例のカノジョさんが紗弓に抱き着いたり、頬ずりしたりしている……
俺は紗弓の横に座ったのだけど、助けなくていいのかこれ!?
さっきのイケメンさんはカノジョさんの隣に座った。
「あの……すいません、うちのが……」
「はぁ」
イケメンさんが申し訳なさそうに言うこの感じから、この女性のいつも通りの行動なんだろうなぁと察することができた。
とりあえず、害はないみたいだし、好意みたいだから、もう少しだけ様子を見てみようかな。
改めてみると、美男・美女カップルだ。
年齢は俺と同じくらいだけど、うちとは大違いだ。
きっと、何も心配事とかないんだろうなぁ。
「あ、俺は富成(とみなり)といいます。この子の……」
そこまで言って困った。
俺は紗弓のなんなのだ!?
カレシ……とかいうと通報されないか!?
兄……ではないし、教師、担任……これこそダメだろう。
近所のおじさん……これは即、通報だ。
色々迷った挙句出た言葉が『保護者です』だった。
実際は、保護者ですらないけれど。
今日はここに保護者として連れてきている的な……
「先生、先生は保護者ではありません」
紗弓が割って入った。
「だから、外で先生って呼ぶなって(こそっ)」
とっさに止めた。
だって、俺通報されちゃうし。
下手したら週刊誌とかに取り上げられてしまいそう……
ここは誤魔化すしかない!
「あ、いや、変な関係ではなくて…ですね。たまたま同じアパートに住んでいて…」
「カレシです」
「そのアパートの大家さんの娘さんがこの子で……」
「カレシです」
紗弓さーん!!
「いや、だから本当は……」
色々言ってみたが、イケメンさんは笑顔で見守っている感じだった。
すごいなぁ、包容力っているのか、何が起きても許容できる大きさがあるな。
器がでかいんだろう。
「俺は、高野倉(たかのくら)といいます。こっちは小路谷(こうじや)。すいません。カノジョさんのことを気に入ったみたいで……」
イケメンさんは、高野倉さんというのか。
それにしても、『カノジョさん』というのは……紗弓のこと!?
高野倉さんには、俺と紗弓がちゃんとカップルに見えていたという事か!?
16歳と28歳の犯罪カップル。
まあ、犯罪は犯していないのだけれど。
面白いカノジョさんがなにをしていても余裕の高野倉さん。
一方、何もなくてもワタワタしている俺。
紗弓の方がしっかりとしていた。
なんか自分が恥ずかしくなってきた。
ここはしっかりしなければ。
聞けば、高野倉さんのカノジョさんの方は妊娠しているのだとか。
結婚、妊娠とおめでたいことばかりみたい。
羨ましい限りだ。
『結婚』と聞いて、紗弓の目はキラキラしていた。
またなにか変なことを考えていないといいけれど……
◇◇◇
美男・美女カップルさんと分かれてから、再び水槽を見ながら俺は考えていた。
紗弓ははっきり言ってかわいい。
世間一般から見てもかわいい方だろう。
成績もいいから、このままいけば大学にも進むだろうし、いい企業にも入れるかもしれない。
さらに魅力的な女性に成長していくだろう。
一方で、俺は教師になったけれど、それだけだ。
特別かっこいいわけじゃない。
お金持ちって訳でもない。
紗弓が懐いてくれているのは、たまたま家が近いから。
いわば刷り込み、インプリンティング。
ヒナが生まれて最初に見た動くものを親と思うのとあまり変わりがないのではないだろうか。
世の中に出て、色々な魅力的な人を見たら心変わりもするかもしれない。
今みたいに俺がずっと一緒にいたら、こいつの将来を狭めているのではないだろうか。
それは、近くにいる大人として、そして、教師としてどうだろう……
「先生」
水槽を見ながら考え事していた俺と水槽の間に紗弓の顔が割り込んだ。
「びっくりした!」
「さっきのキラキラお姉さんのことを考えていますか?」
紗弓さん、ちょっとオコだった。
「美人でした」
「そうだな」
「おっぱい大きかった」
「まあな」
ストーンとした自分の前面を見ながら不満そうな紗弓。
「やはり、先生は大きな胸が好みですか?ちょっと待っててください。大きくしてきます……」
どこかに行こうとする紗弓をむんずと捕まえる。
どこに行って、なにをしてくる気なのだ!?
「いや、お前のこと考えてた」
「本人を目の前に!?」
確かにな。
目の前に紗弓はいる。
「さっきの二人は落ち着いていて、かっこよかった。あと紗弓も」
「はあ……私はあんなに頬ずりされたのは生まれて初めてでした」
「俺は通報されないかとかばかり考えていて……かっこ悪かった」
「……」
紗弓が水槽の方を向いた。
俺からは表情が見て取れない。
「先生、ジンベイザメの謂れを知っていますか?」
「ジンベイザメがなんでジンベイザメって呼ばれているかってこと?いや、知らない」
「私も知りません」
知らんのかーい!
なんでここで、このタイミングで謂れを知ってるか尋ねた!?
このポンコツ美少女はちょいちょい訳が分からない。
「先生、ジンベイザメは魚類で最大の大きさの魚らしいです」
「そうなのか?」
「あんなに身体が大きいのにプランクトン食べるので他の魚と争いません」
「そういえば、そうか」
「ジンベイザメには天敵がいないのです。シャチやサメが天敵という話もありますが、住むところが違うので直接ぶつかることはほとんどないのです。しかも、皮膚の厚さが10センチもあるので噛み破って致命傷を負わせることができる生物はほとんどいません」
「紗弓、ジンベイザメに詳しいな」
そこで、紗弓がこちらを向いて続けた。
「それって、人間においても言えることじゃないでしょうか?」
「どういうことだ!?」
「私と先生は、人前に大ぴらに出る訳にはいきませんが、人前に出られないような付き合いをしているわけではありません」
「……ああ」
「私たちは、私たちらしくでいいのではないでしょうか」
「……」
「……」
「……いい話っぽいけど、ジンベイザメ関係あったか?」
「いえ、ジンベイザメは言いたかっただけです」
言いたかっただけかーい!
心の中では、大声でツッコんでいた。
美男・美女カップルに当てられて、自分の劣等感が火を吹いたけれど、紗弓の変な話で全て吹っ飛んだ。
俺達は学校で会う前から付き合っていたんだし、3年間だけ秘密の関係を貫けばいいだろう。
オープンにしてしまったら、もう秘密の関係には戻れない。
今を楽しむようにしよう。
前向きに考えよう。
そう言えば、紗弓は何を考えていたのだろうかと思い、帰りがけに聞いてみた。
「法律が変わって、16歳で結婚できなくなってしまいました……」
「うん」
「さっきのお姉さんの話を聞いて、3年生になって、18歳になったら結婚すればいいんだったな、と思い出したというか、実感しました」
「うん?俺の意思は?」
「絶対口説き落としてみせますから大丈夫です」
紗弓はいつも通り紗弓だった。
俺は紗弓に捨てられないように成長していかないと。
紗弓と一緒に。
―――――
特別出演の高野倉くんと小路谷さんでした。
こちらは完結しました。
一緒にDVDを見る程度の関係の元同級生(多分非処女)に連れられてボッチで劣等感丸出しの俺が呼ばれていない同窓会に出席したら当時と価値観が違ってモテまくった話
https://kakuyomu.jp/works/16816927859321449445
猫カレーฅ^•ω•^ฅ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます