06_先生好きです

「先生、好きです。お付合いしてください」




それは、帰りのホームルームの時間だった。

突然そんなことを言い出したのは、紗弓ではなく、箱崎。

箱崎唯だ。




「「「はぁ〜!?」」」




因みに、俺の声も入ってるから。

騒然となる教室。






この間、紗弓のついでに遊園地に連れて行ったけど、そんなことで惚れられたってことは……


無いだろうなぁ。

あの子、強(したた)かそうだったし……



(ざわざわざわざわ)


『どうなるんだ!?』

『どうしたんだ!?突然!』

『トミー、なんて答えるんだ!?』



放課後近いとはいえ、大騒ぎになってる。

ヤバい。

教頭に見つかると、きっと怒られる!



「みっ、みんな!静かに!」



俺は、両掌を生徒たちに向け、騒ぎを止めようとした。


今度は教室が水を打ったように静かになってしまった。

俺の返事を期待しているのだ。


少しくらい茶化してくれ。

真剣過ぎると答えにくいだろう!

そう思うのは、俺のわがままだろうか?



「箱崎は後で職員室へ、みんなは解散。日直、号令!」



なんとか、事務的に対処できた。

どうなってるんだ!ここ最近!






■職員室

解散して職員室に戻ってきた。



「はぁ~~~~~~~~~」


「富成先生、深いため息ですね!」


「はあ、ちょっと……」


「それにしても賑やかでしたねぇ。富成先生のクラスなんかあったんですか?」



職員室で、隣の席の唐原(とうのはる)先生に話しかけられた。


唐原先生は俺と同じく20代の若い先生。

熱血な感じで曲ったことが嫌いそう。


間違っても、俺と紗弓が付き合ってる事は知られる訳にはいかない。

なんかすごく責められそう。



「いや、ちょっとしたトラブルで。これから生徒指導です。」


「へー」



そこに、アラフォーの西戸崎(さいとざき)先生が戻ってきた。



「あ、先生!聞きましたよぉ!箱崎唯に告白されたらしいじゃないですか!しかも、ホームルーム中に!」


「うわっマジか!?羨ましい!」



……あれ?なんか、思ったのと違うリアクション。



「生徒の純粋な思いですから、ちゃんと答えてあげてくださいね」



西戸崎先生に肩を叩かれた。



「はい……普通に断ったらいいんですかね」


「こっそり付き合っちゃえば良いんじゃないですか!?箱崎可愛いし」



唐原先生が、『し~』のポーズで茶々を入れてくる。

誰だ、この人が正義感が強いと言ったのは!?



「え!?そんな軽い感じでいいんですかね!?」


「いいんじゃないですかね。ただね、若いから、一過性のものというか……」


「あー」


二人とも経験があるのか、頷き合っていた。




(ガラガラ)「失礼します」




「お!きましたよ!箱崎。富成先生、生徒指導室が空いてますよ?」


「あ、使わせてもらいます」






■生徒指導室

生徒指導室は畳の部屋。

四角いローテーブルが置いてあり、その名前とは裏腹に先生たちの休憩所も兼ねている。


警察の取調室みたいなところではない。

テーブルのこちら側に俺が座って、反対側に箱崎が正座して座っている。



「なんで、あんなこと言ったの?」


「もちろん、それは先生が好きだからです」



箱崎は胸のところで手を合わせて、笑顔で答えた。



「絶対嘘だろ」


「先生、ひどいです。私の気持ちを決めないでください!」


「いや、まあ、そうだけど……」


「私が先生を好きだと何か不都合がありますか!?」


「いや、不都合っていうか……」



まあ、不都合しかないのだが……



ダメだ。

この子に口で勝てる気がしない。

大人だからって、口で勝てるとは限らない。

相手の方が口が達者ということも十二分にある。


結局、注意だけして、家に帰した。






■自宅


「……で?どうして、お前たちは俺の部屋(うち)でたむろってるんだ!」



部屋には、紗弓の他に、箱崎唯もいた。



「私は、ここが定位置ですから」



紗弓は、コアラのポーズで座っている俺の背中にしがみついている。

本人は抱き着いているつもりだろうか……



「私は、お慕いしている方の元にいるだけです」



こっちは、箱崎だ。

ちゃぶ台横にちょこんと座っている。



「絶対嘘だろ。俺はアラサーのおっさんだぞ?好きになるとこなかっただろ!?」


「あら、それは卑下が過ぎます。遊園地にも連れて行ってくださいましたし、とてもいい先生だと感じました」


「お前は、おごってくれたら誰でもいいのか!?それが本当だとしたら、チョロすぎる。俺はお前の将来が心配だ」


「私は、そんなチョロインじゃありませんよ?先生は、紗弓ちゃんのお友達を作らせようと思って、私を一緒に連れて行ったでしょ!?


「大人の心を深読みするんじゃない」


「私は紗弓ちゃんが好きです」



割と話が飛ぶな、この子。



「そりゃ、あいつ喜ぶだろうな」



まあ、今は、俺の背中でコアラ抱っこしているが……



「それはないでしょう。でも、先生との事も応援しています」


「そりゃどうも」


「私が、紗弓ちゃんと先生をのことを見ようと思ったら、私お邪魔でしょ?」



この場合の『見る』は『観察』って意味か。

確かに邪魔だ。

今のこの状況が物語っている。



「別になにもしないけどな」


「私が紗弓ちゃんといつも一緒にいて、その上で先生に言い寄れば、紗弓ちゃんは先生に近づいても変じゃありません!」


「…お前、すごいこと考えるのな。それだけのために、教室であんなに大々的に嘘告白したのか!?」



箱崎が無言でドヤ顔してた。

女怖い……


友達には、『あれは冗談でした』って言っとけよと注意しておいた。

家に女子高生……というか、受け持っているクラスの生徒がいると色々ヤバいんだけど……



「じゃあ、私と先生はそろそろ寝ますので、箱崎さんはお引き取り下さい」



紗弓がおもむろにちゃぶ台を片付けようとする。



「まだ、8時だ!ちゃぶ台をどけて、布団を敷こうとするな!そして、誤解されそうなことを言うな!」



ちゃぶ台を戻す。



「誤解ではなく、本当になれば何も問題ないです」



再びちゃぶ台をどけようとする紗弓。


横でくすくすと笑う箱崎。

なんか、恥ずかしいじゃないか……



「本当にお二人、仲が良いんですね」


「別に……」


「付き合っているから当たり前!」



俺と真逆のことを言う紗弓。



「とにかく、お前らはすぐに帰れ。箱崎は、暗くなったから家の近くまで送ってやるから」


「先生!私は!?」



紗弓が自分を指さして聞いた。

なんだこの謎の対抗意識。



「お前んちは隣だろ!その間に何かあるとしたら、何があるのか知りたいわ!」


「ダスティン・ホフマンが私を攫って行ってしまうかもしれませんよ?」



ダスティン・ホフマンを何だと思っているのか。



「レトロ映画の見過ぎだ。もう帰れ帰れ」


「むぅ……別に気にしなくてもいいんですよ?」


「こっちが気にするの!もうすぐテストなんだから、問題作る必要があるんだよ」


「なるほど、それでは生徒である私たちがいたら、お邪魔というわけですね」



箱崎が人差し指を立てて言った。



「まあ、そういう事だ。お前ら、テスト頑張れよ。とりあえず、明日小テストやるから」


「むぅ…」



二人を納得させて帰した。





■翌日

予告していた小テストをした。


小テストは10問だけ。

1問10点で100点満点にしてる。


採点は、横の席の人にやってもらうので、俺の採点時間と手間は増えない。

そんなわけで、授業の終わりの方(ほう)で、小テストをやった。



結果……紗弓は、小テストの紙をこちらに見せている。

『100』って書かれてる。


箱崎は、無言でドヤ顔だ。

あの顔は『100』点の顔だ。


紗弓も箱崎も100点取りやがった。

優秀な生徒をもって俺は幸せだ。

優秀なのは優秀なんだよ……






今日のホームルームは、クラス委員を決めるようにしていた。



「クラス委員やりたい人!」



そう声をかけたが、そんな面倒な役を進んでやりたいやつなどいるはずがない。

これから『話し合い』という名の譲り合いが始まる。

毎年のことだ。



「はい!」



座ったままピンと伸びた姿勢で、まっすぐ手が上がっている。

箱崎だ。



(ひそひそ)

『すごい!アピールだ!アピール』

『愛だろ!』

『やっぱり、箱崎さん本気でトミーのことを』



うーん、なんか聞こえるけど、無視。

とりあえず、一人目。



「もう一人、誰かいますか?合計2名にお願いします」


「……」



無言で紗弓が手をあげている。

表情は…『無』だな。


張り合って、立候補したらしい。

嫌々だろうな。

性格的に、しなくていい仕事をわざわざ引き受けようとしないだろうし。



「はい、十連地さん。これで2人ですね。他、いますか?」


「「「……」」」



「はい、箱崎さんと十連地さんに決定!拍手!」


(パチパチパチパチ……)


紗弓がクラスに積極的に参加してるからこれはこれでいいのか!?






■自宅


「きいーーーーーっ!先生!なんで私をクラス委員にしちゃうんですか―――!?」



理不尽なことを言いながら、部屋でジタバタしている。

ちなみに、今日は箱崎は来ていない。



「お前が手を上げたんだろう!」


「『可愛い十連地さんは、やめておいて出席番号1番の相沢!お前やれ』とか言ったらいいじゃないですか!」



そんな無茶な……

それで任されるクラス委員は嫌だろう。



「あと、先生!小テスト!勉強大変なんですけど!?」



さらに、変なことを言い始めた……

これに何と答えるのが正解なのか、教員試験では教えてくれなかったぞ。



「でもまあ、学生の本分だ。勉強頑張っておけ。社会に出てから役に立つ」


「先生のお嫁さんをしていく上で、双曲線のグラフ書くことありますか!?」



うーん、まずないな。

あと、勝手に嫁の座に居座るな。



「洗濯機の曲面の漸近式を求めたくなることなんて一生ありません!」



そりゃ、そうだろうなぁ。

それは俺も思う。

きっとメーカーの人でもそんなの求めないだろう。



「テストで100点だったらキス1回」


「ん?」


「私は勉強が大変でも頑張ります。だから、100点だったらご褒美を!」



珍しく俺の顔の前にきて真剣に言っている。

まあ、100点とかそうそう取れるもんじゃない。

俺自身の記憶では100点取ったのって、小学生くらいのころだろうか。


まあ、そんなんで頑張れるなら、頑張っておいた方が良いだろう。



「いいだろう。その代わり、1回だけだ。あと、唇はダメだ」


「100点1回でキス1回……わかった」



紗弓は、自分からはぐいぐい来るくせに、俺からいくとすぐ日和って腰砕けになる。

万が一、100点取っても、俺が迫ったふりをしたら、へろへろになって逃げていくのだ。


そこまで分かった上でOKした。

大人を舐めるとこうなるのだ。






■数日後

無事に中間テストも終わり、俺の採点作業も終わった。

『採点マシン』が欲しい……


この令和の世に、全部手書きって……

文科省なんか考えてくれよ。


他の教科は知らないけれど、俺の担当教科『数学』では、紗弓はしっかり100点取りやがった。



帰りのホームルームでも、どや顔していた。


『100点取りましたけど?』って顔だった。


俺も小さく頷いて『よく頑張った』と褒めておいた。


そしたら、キス顔で『約束通りキスしてもらいますけど?』ってアピールしてきたので、渋い顔をして『唇以外って言ったよな』と表情だけで返しておいた。


伝わっているかどうかはわからんが、他の生徒には分からないようにしている。

ただ、視界の隅で箱崎がニヨニヨしているのが見える。

うーん、色々やりにくい。






家に帰ると、部屋には紗弓がいた。

別に合鍵は渡していないから、マスターキーで勝手に入ってきているよな……

不法侵入で、大家であるお母さんに言いつけてやろうか。


ツッコミどころは、たくさんあって、勝手に布団を敷いて一人で入っている。

しかも、わざとらしく布団の横には制服が脱がれ、きれいに畳んでおかれていた。



「何の真似ですか?紗弓さん!」


「今から先生に美味しくいただかれるので、先に準備しておきました」



俺はいつから違う世界線に来てしまっていたのか。

キスは約束したが……



「では、先生、早速……」



紗弓が上半身を起こすと、ホントに脱いでやがった!

慌てて布団でくるんで色々隠した。



「お前なぁ……」



ぴらっと、布団の中から1枚の紙を取り出した。

100点の答案だ。



「さーて、先生、どこにキスをしてもらいましょうかねぇ」



キスをせがむヤツのセリフじゃない。



「とりあえず、服を着てくれないか。落ち着かない……」


「しょうがないですね……」



布団の横に置いてあった服を布団の中に引き込むと、中でもぞもぞし始めた。

なんか、めちゃくちゃエロイんだが……



数分後、掛け布団をばっと脱ぐと、紗弓が制服姿で俺の布団の上に座っていた。

これはこれでダメな感じがする。


もし、この現場を見つかったら一発アウト。

裁判なしで即死刑だろう。


あと今日、この布団で俺は寝るんだよなぁ……

色々思い出しそうな気がする。



「ささ、先生、ご褒美のキスを!」



紗弓が、少し顎を上げてキスしやすい角度を作る。



「唇はしないって言ったよな?どこがいいんだ?」


「では、おでこで……」



目を瞑ったままの状態で紗弓が答えた。

いいのか!?そんな顔部分を指定して……

恥ずかしくなって逃げだすのはお前だぞ!?


紗弓の前髪を少し押さえて、優しくキスを……した!

逃げない!

紗弓が逃げない!


どういうことだ!?



「ふっふっふっ、いつまでも子供だと思ったら大間違いなのです!」


「お前なんか、初めて会った時ガキんちょだったくせに……」


「ふふふ、紗弓はもうすぐ16歳になります。16歳になったら結婚もできるんです」



そうか……8歳の時に出会った紗弓も、8年で16歳か……

俺も歳をとる訳だ……



「……先生、なぜそこで、落ち込むんですか!?」



まあ、これでミッションもコンプリートしたし、紗弓も100点取ってすごかったし、よかったよかった……と。

それにしても、100点取るとか紗弓すげえなぁ。




ここで、紗弓が、2枚目の100点の答案を取り出した。



「なん……だと……」



現国のテストも100点だったというのか!?



「頬にお願いしましょうか」



不敵な笑いを浮かべる紗弓。

まさか、2教科目があるとは……


約束なので、頬にちょっと触れるだけのキス。



「んっ……」



真っ赤になる紗弓。

やっぱり免疫はないんだな。




ふと見ると、古文の答案を持っている。

こっちも100点……だと!?



「耳を……希望します」



こうなったら、引き下がれない。

テストで100点取るなんて、簡単なことじゃない。

約束を反故にするなんて、その頑張りを否定するようなものだ。


耳の辺りの髪の毛を少しかき上げて、耳にキスをする。



「んんっ……」



思わず声が出る紗弓。

それは反則だろう!



ふと紗弓を見ると、今度は日本史の答案を……

もちろん、100点だ。



「ちょっと待て、お前どれだけ頑張ってるんだよ!?」



隠し持った答案を出させたら、出るわ出るわ。

恐ろしいことに今回のテスト8教科全部100点取りやがった!



「紗弓!お前、優秀だったんだな!!」


「ん……、頑張った」



「額」、「頬」、「耳」ときて、その後、「瞼」、「鼻」とここまでは、まだかわいかった。



「次は、首で」



ブラウスのボタンを2つ外して、首をあらわにする紗弓。


いやいやいやいや!

なぜ、ボタンを外す!!



「先生、どうぞ」



『どうぞ』はおかしくないか!?

紗弓の目は真剣だ。


テスト勉強も頑張ったんだろうしなぁ。

断りにくいなぁ……


紗弓の肩に手を添えて、紗弓の白い首に唇を近づける。

なんか、吸血鬼になった気分だ。



(ちゅ……)「んっ……」



もう、完全にエロい。

紗弓も理解しているのか、相変わらず顔は真っ赤だ。



「次は『お腹』で!」


「!?」



早速、布団に寝転んでお腹の辺りのボタンを外し、白いお腹を露わにした。

……元気に誘惑してくるなぁ。


さすがに恥ずかしいのか、片手は口を隠している。



(ちゅ…)「ひあっ……」



変な声が出た。



「最後は……」


「最後は?」


「下腹で!」



下…腹…!?


ある意味『唇』よりダメな気はするが、紗弓の希望だ。

それでも、サクッと済ませた。

『お腹』よりも少し下にキスしたので、下腹だろう。


時間をあけたらスカートを脱ぎかねない。




俺も顔は真っ赤だろうし、紗弓も真っ赤だ。

しかも、首のところはボタンが2個外れてるし、お腹のところもいくつかボタンが外れていて妙にエロイ……


むくりと起き上がる紗弓。

俺は、紗弓の首の辺りに抱き着いて、耳元で言った。



「あんまり元気に誘惑してくるな。俺も我慢できなくなって美味しくいただいてしまうぞ?」



ビクッとする紗弓。

さらに真っ赤になって、布団にくるまって蕩けまくってる。


掛け布団の中でくねくねしているのはちょっときになるが……

うーん、これでしばらくは変に挑発してこないだろう。


今日の夜はこの布団で寝ることを思い出し、少し複雑な気持ちだった。


まあ、キスの件は置いておいて、紗弓がクラス委員になったり、テストで頑張ったりするのは良いことだ。

箱崎がここまで考えているってことは……考えすぎだよな。






■翌日


「先生!100点取ったらキスしてもらえるって本当ですか!?」


100点の答案5枚を持ってうちにやってきた箱崎。


「紗弓!お前、箱崎になに言ったーーー!?」


次の瞬間、紗弓はぴゅーっと逃げていた。

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