05_挨拶とジェットコースター

■箱崎唯視点

紗弓ちゃんは、放課後の教室で男子に告白されていた。

何度かその光景を見た。


すっぴんなのに、なんであんなに肌がきれいなの!?

毛穴が全く見えない……


まつ毛なんてバッサバサ。

髪もツヤツヤでストレート。

笑顔も素敵。




すぐにお友達になろうと申し出た。


『よろしくお願いします』と敬語で返されてしまった。

友達なんだけど、その心には1歩も踏み入れさせてもらえてなかった。




知りたい。

彼女のことがもっと知りたい。






そう思ったら、お花見の後、彼女を尾行していた。


積極的に見えて、ほとんどのことに無関心な紗弓ちゃん。

男子はもちろん、女子にもスキンシップが全くない。




彼女はクラス内で孤立していた。

『仲間に入れない』じゃない。

『仲間を必要としていない』孤立。


誰も彼女のテリトリーに入れなかった。

彼女のテリトリーに入ることが許されなかった。

外から見て、ただ憧れるだけの存在。




何もしなくても男子の方から寄ってきていた。

告白されて、断っているのを何度か見た。

男子も必要としていない。




その彼女が、知らない男の人に駆け寄り、自分から腕を組んだ!


そして、普段整った笑顔の彼女が顔を崩して笑っている!!

学校では見たことがない顔。


なに?そこになにがあるの!?

あれは誰なの!?


私は勇気を振り絞って、そのドアを叩いた。






■翌日の教室


「おはよー」


「はよー」



いつもの朝の光景。

学校につくと、紗弓ちゃんは既に席に座っていた。


まっすぐな背筋。

昨日の先生の家にいた紗弓ちゃんとは別人。


私は紗弓ちゃんに近づいた。


「おはよう!紗弓ちゃん」


「おはようございます」


「……」


私は彼女の耳元に口を使づけ、ゆっくり言った。


「お・は・よ、紗弓ちゃん」


顔を離して、どや顔で紗弓ちゃんを見る。


「おはよ、唯さん」


期待した通りの挨拶の答え。


はああああぁぁぁ……この美少女にあいさつされたー!

そして、名前で呼ばれたー!

尊いーっっ!




「え?なになに!?唯ちゃん、十連地さんと仲いいの!?」


「うん、ちょっとね」


「うわーいいなぁ!」




そういう彼女も、紗弓ちゃんとはLINEのアカウントは交換済み。

その上で「最初の挨拶」以外のメッセージのやり取りがないということは、『もうそれ以上はない』ということで、彼女も選ばれなかったということだ。


私も、今の立場を利用して、一刻も早く、彼女のテリトリーに食い込もうと画策していた。






■お出かけ


「すまん、紗弓。近場だと誰が見ているか分からんから、できるだけ遠くに行こうと思う」


日曜日、先生からの呼びだしで、先生の家まで来た。


先生は、先日していた約束を守ろうとしているみたい。

律儀というか……


「先生、それはいいんですけど、なんでこの人がいるんですか?」


『この人』とは、私のことだろう。

『唯ちゃん』と呼んでもらうようにしたのに……。


「紗弓ちゃん、ゆいちゃん!」


「……」


「ゆ・い・ちゃん」


「おはようございます。唯ちゃん」


「はい、おはようございます。紗弓ちゃん♪」


先生は、自動車でどこかに行こうとしているみたいだった。

家の前には自動車が停まっている。


先生がドアを開けて、紗弓ちゃんが後部座席に乗った。

私にもドアを開けてくれたので、車に乗った。

隣には紗弓ちゃん。

尊い!






親が運転する車以外に乗るのは初めてだった。

『担任の先生の車』と考えたら、違和感は比較的ないけれど、『同級生のカレシさんの車』と考えたら、自分たちだけで車の中の空間にいるというのが少し変に思えた。


「先生、私は先生と二人っきりでお出かけを所望しています」


紗弓ちゃんが移動中に言った。

後部座席で私と隣り合わせはあまり嬉しくなかったのかもしれない。


「お前は、世界が狭すぎるんだよ。せっかくだから箱崎さんと遊んでもらえ」


「ぶぅ、私は先生とイチャイチャするために生きています。今からだとどこかで『ご休憩』がベストです」


「お前は、どこでそういう言葉を覚えてくるんだ!あと、運転中に首を絞めるな!」


この二人が『ご休憩』に行ってしまったら、私はどうなるのだろう。






実際、着いたのは遊園地。

車で2時間もかかってきたから、同じ高校の子がいる可能性は本当に少ない。

こんな遠くに行くから集合時間が早めだったんだと合点がいく。


お小遣いをできるだけ多く持ってきたけど、先生が最初に言った。


「今日は、俺がお金を出すから好きに遊んでくれ。ご飯とかも心配しなくていいから」


入場料だけで8400円もするなんて、高校生にはハードルが高すぎた。

大人の人にとって8400円が高いのかどうかは分からなかったけれど、サイフは少し心もとなかったので、嬉しい一言。


「先生行きましょう!」


そう言って、自然に先生の腕を組む紗弓ちゃん。

なんだろう、彼女は先生に対しても敬語を崩さないのに、教室にいる時と全然違う。


彼女のテリトリーに入れたかどうかは、敬語かそうでないかではないらしい。






日曜日ということもあって、園内は人が多い。

各アトラクションも60分待ちが続出だった。


待ち時間中も紗弓ちゃんは先生にべったりだった。

すごい。

徹底している。


「なあ、お前たちのその『先生』っていうの何とかならないか?周囲の人に聞かれたら俺きっと社会的に抹殺されるから」


「確かにそうですね」


確かに配慮がなかった。


「じゃあ、『お兄ちゃん』で」


「それはそれで俺を追い詰めてるからな?」


「富成さんとか、晃大さんとかにしてくれよ」


「こっこっこっ……」


「鶏か!」


頭をはたかれる紗弓ちゃん。

学校の富成先生じゃないし、学校の紗弓ちゃんじゃない。


しかも、真っ赤になって名前を呼べない紗弓ちゃん……新鮮。

尊い!


「箱崎さんは、そこで天を仰ぎながら何してんだ!?」


「神に感謝です」


両手を合わせて神に感謝を捧げていたのですが……






ジェットコースターは危険です。

基本的に2人ずつ乗るようになっているみたいなので、3人で行くと、2人と1人に分けられてしまいます。

必然的に私が1人知らない人の隣に乗ることになる訳で……


十分に楽しめない感じ。


「せん……晃大さん。今の、もう一回乗りましょう!」


紗弓ちゃんが誘った。


「かー!すまん、もう許してくれ!列には並ぶから、2人で乗ってくれ!俺には刺激が強すぎた……」


60分待ちのジェットコースターに乗った後は先生は顔が真っ白だった。

ベンチに座って、手足伸ばして大の字になっていた。

何とか並んで、2回目の順番が来る頃には復活していたけど、先生は頑なに乗らなかった。


本当にジェットコースターが辛かったのか、私に気を遣ったのか……


2度目のジェットコースターは2度目の怖さがある。

1度目にどれだけ怖かったか知っているので、あえてもう一度乗る怖さ。


先生は列には並んでくれるけど、車両には乗ってくれない。

私と紗弓ちゃんは自然と手をつないでいた。


この連帯感……尊い!






コースターを降りたら、紗弓ちゃんは先生のところに直行。

お土産用のキャラクターのぬいぐるみも、写真撮影用の着ぐるみも全てスルー。

ブレない。


先生は近くのベンチに座って待っていた。


「お待たせしました。ソフトクリームが食べたいです」


「お前すげーな。あれから降りた直後にソフトクリームとか……」


「唯さんの分と2個買ってください」


「はいはい……」


わ、私の分まで……

お店の前で紗弓ちゃんから手渡されたソフトクリームは、尊くて……ずっと保管しておきたかったけど、溶けるので食べた。


先生は、ジェットコースターは苦手みたいだけど、観覧車は大丈夫みたいだったので、高所恐怖症ではないみたい。


3時を過ぎたところで休憩を入れたら、すごく豪華なお店で1個1,750円もするパフェをごちそうしてくれた。


それにしても下からオレンジ、赤、白、赤ときれいに層になっていて、上には、アイスクリーム、フローズン・フルーツ、生のスライス・フルーツとかなり豪華。

かなり綺麗。


高校の先生って儲かるのかな……




「せん……富成さん、こんなにいいものをご馳走になって良かったのでしょうか?」


「いや、ぜひ食ってくれ。俺に『口止め料』として払わせてくれ。そして、少しでも安心させてくれ……」


先生は少しやつれたご様子。

食べた方が先生も喜ぶのならば、遠慮なくいただくことにしよう。



「先生……あーん」


そう言うと、紗弓ちゃんはスプーンにアイスクリーム少し載せて、先生に食べさせようとしていた。

『先生』が出ちゃってますけど……


「やめろ、みんな見てるだろ」


その『みんな』とは、8割くらい私のことだろう……

両手で、目を隠して口に入れたパフェをもぐもぐした。


「箱崎……見え見えの気遣いは無用だ。心置きなくパフェを楽しんでくれ」


「ありがとうございます」


「ぶぅ……」


紗弓ちゃんは不満そうだ。

私が空気のような存在になりつつも、この二人の近くで観察する方法はないかと考えていたけど、パフェがおいしすぎて何も思いつかなかった。



考えてみれば、先生は私が部屋に行った時、『俺が学校を辞めるから紗弓は見逃してくれ』と言っていた。

誰もが自分の身は可愛いのに、自分よりも紗弓ちゃんを優先するなんて……


もしかして、今日もわざわざ私を呼んだのは、紗弓ちゃんに学校での友達を作らせるため……


これはこれで尊い……






■紗弓レベル

1日紗弓ちゃんと一緒に遊園地に行って、一緒にジェットコースターに乗って、少しは仲良くなれた気がする。


手をつないでジェットコースターに乗ったし、ソフトクリームも先生に頼んでくれた。

クラスメイトとしての私が『紗弓ちゃんレベル1』だとしたら、今日は、『レベル2』か『レベル3』にはなったはず。


かなりの躍進があったと感じていた。



家まで送ってもらう前に、『ちょっとコーヒーだけ飲んで一服してから帰ろう』と先生からお誘いを受けたので、紗弓ちゃんと共にお部屋にお邪魔した。


ちゃぶ台の上にはコーヒーが3個、先生は畳に座ってあぐらをかいていた。

紗弓ちゃんは先生のあぐらの上にうつ伏せで顔を載せて、手と足は完全に脱力していた。


「疲れた……」


「俺も疲れてるんだから、あんまり寄りかかるなよ」


あれは、もはや液体。

『紗弓ちゃんレベル100』は、ここまで来るのか。


「先生……紗弓ちゃん、ここではいつもこんな感じですか?」


「うん……まあ、いつもは……(もっとひどいかな)」


私の『紗弓ちゃん道』はまだまだ先が長いみたいだった……

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